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【ネタバレあり】エラリー・クイーン長編「Yの悲劇」を紹介

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エラリー・クイーンの作品のなかで最も知名度の高い事件は、バーナビー・ロス名義で出版された「Yの悲劇」でしょう。かねてより日本での人気が突出して高い本作は、ヒッチコック・マガジン(1960)、週刊読売(1975)、東西ミステリーベスト100(1985)で定番の人気1位を獲得。近年では1位ではないものの上位でのランクインがほとんどです。ただし海外での人気はさほどなく、ランキングに載らないこともほとんど。
これは「Yの悲劇」の作風が、日本人が好む作風からではないかと考えられます(遺言書、奇妙な一族、泥沼劇)。でも一番はタイトル回収の見事さだと思うのです。「Y」の意味ってそれか!!!!

エラリー・クイーンの他のレビューはこちら

創元社文庫・中村有希翻訳版
Yの悲劇

1,056円

ハヤカワ文庫・宇野利泰翻訳版
角川文庫・越前敏弥版
そしてこれは・・・
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★★★★★★★★★★

目次

「Yの悲劇」のあらすじ

ニューヨークの名門ハッター一族を覆う、暗鬱な死の影――――自殺した当主の遺体が浮かんだ二ヶ月後、屋敷で毒殺未遂が起き、ついには奇怪な殺人事件が発生する。謎の解明に挑む名優にして名探偵のドルリー・レーンを苦しめた、一連の惨劇が秘める恐るべき真相とは? レーン四部作の雄編であり、海外ミステリーのオールタイムベストとして名高い本格ミステリの名作。解説=若島正

Yの悲劇 より

「Yの悲劇」はドルリー・レーン四部作の二作目に該当。「Xの悲劇」が市電の中という多くの人々がいる中での事件に対して、今作はハッター家屋敷という閉じられた場所での事件。今作はS・S・ヴァン・ダイン氏の「グリーン家殺人事件」に影響を受けていることでも有名(というかグリーン家殺人事件を読んでいると察する部分も多い)「グリーン家殺人事件」も日本限定の人気作品であり、陰鬱大家族(一族)ものの連続殺人ものは横溝正史氏・小栗虫太郎氏・浜尾四郎氏に引き継がれていった模様。

「Yの悲劇」の登場人物

登場人物役割
ドルリー・レーン探偵。引退したシェイクスピア俳優。聴覚を失っている
サム警視&ウォルター・ブルーノ地方検事レーン4部作での警察陣営
ヨーク・ハッター自殺したハッター家当主(婿養子)。化学者。かつて自分の家族をモデルに探偵小説を書いていた。Y。
エミリー・ハッターハッター家真の当主。最初の被害者。大金持ちで一家を支配する。ルイザを溺愛し遺言書を残す。梅毒を持っていた。
バーバラ・ハッターヨークとエミリーの子供で長女。有名な詩人。作中屈指の常識人。
コンラッド・ハッターヨークとエミリーの子供で長男。どうしようもない放蕩息子でDV男で精神的に未熟な大人。父親をバカにしている。
ジル・ハッターヨークとエミリーの子供で次女。快楽主義者で有名な美女。今で言うサークルクラッシャー
ルイザ・キャンピオンエミリーと前夫トム・キャンピオンの娘。目と耳と口が不自由。心臓が弱い。三回毒殺未遂を受ける。
マーサ・ハッターコンラッドの妻で彼から暴力を受けている。ヨークの理解者だった。
ジャッキー・ハッターコンラッドとマーサの息子で長男。13歳と思えないクソガキ腕白坊主。エッグノックを飲んで毒殺未遂。
ビリー・ハッターコンラッドとマーサの息子で次男。4歳。
イーライ・トリヴェッドハッター家の隣人で引退した船乗り。ヨークの友人でルイザの理解者。
アンジェラ・スミス住み込みのルイザ専任の看護師。
エドガー・ペリージャッキーたちの家庭教師。バーバラを崇拝している。その正体はルイザの異父兄エドガー・キャンピオン
メリアムハッター家のかかりつけ医師
レオ・シリングニューヨークの著名な検察官
ジョージ・アーバックル住み込みのハッター家使用人。運転手や庭師担当。
アーバックル夫人住み込みのハッター家使用人でジョージの妻。キッチン担当。
ヴァージニアハッター家メイド。
ジョン・ゴームリーコンラッドの共同経営者。非の打ち所がない優等生。
チェスター・ビゲローハッター家顧問弁護士。ジルの自称婚約者。
ゆきんこ

読んでいてまず疑問に思うのが、ハッター家の孫息子ジャッキーの年齢とかけ離れた幼稚思考だと思うんだ。やっていることが13歳という年齢にそぐわなすぎる

ありさん

今なら13歳って中学1年生だもんね。たとえばどんなことをやってるの?

ゆきんこ

立場的に抵抗できない大人を蹴ったり暴力を振るう、猫を浴槽にぶち込んで溺死未遂、人のものを勝手に飲み食いする(常習犯)、警察がいる部屋に突っ込んで大声で暴れまわる、花壇を荒らす、弟を縛って喚きながら追いかける、葬儀をピクニックだと思って遊び走る、

ありさん

うーーーん……今と比較するのはダメだけど、それでも大金持ちの息子でこれはちょっと……って感じだね

ゆきんこ

擁護するなら、父親のコンラッドが癇癪もちで突然ブチ切れて喚き散らすから、そこが遺伝したのかなと思う。我慢ができない、精神的に未熟のまま大人になった社会人経験がない男だよ。ジャッキーの父親のコンラッド・ハッターは。

ハッター家の一族

最初の始まりは、ニューヨークの富豪ヨーク・ハッターの水死体があがったことです。彼は青酸カリを飲んで自殺していて、遺書は防水袋に入っていました。ヨークが死体になる4日前、彼はふらりと家を出てそのまま行方不明となり家族が失踪届を出しています。ハッター家はヨークが失踪する理由がわからないといいました。身代金要求もなく、彼を殺したいほど憎む相手もいない、浮気をして駆け落ちしたのではという新聞の仮説にはヨークの妻のエミリー・ハッタ―が激怒。したがって世間もハッター家も、ヨークは自殺したという説を選びました。ヨークの死体のところにきたエミリー以下ハッター家は遺書も彼の筆跡だと確認し、持っていたものなどを確認。内々に葬儀をやるから手配しろとエミリーは息子のコンラッド・ハッタ―に命じます。この時点で息子コンラッドは父親に対しては横柄な口ぶりだが母親には借りてきた猫のように縮こまっているとわかります。そしてエミリーのクソババアっぷりも。

ハッター家は、かつて、想像豊かな新聞記者が「不思議の国のアリス」から着想した「マッド・ハッター」というあだ名をつけられました。しかしマッド・ハッターのようなイカれ具合も、愉快な要素もなかったので過大評価ではと周囲の人間は思いましたが、後に新聞記者の連想は間違っていなかったと考えを改めます。古くからスクエアに住むわりには近所付き合いはかなり悪く、グリニッジ・ヴィレッジの上流階級のはみ出し者で、一族の誰かが新聞にのるような問題を起こすほどです。
当主ヨークはどこまでも「エミリー・ハッターの夫」でしかなく、結婚当初はエミリーに逆らったこともあるでしょうが、彼女は束縛と独占欲がめっぽう強く、癇癪持ちで指示されることに我慢できない人間でした。ヨークはそんなエミリーの横暴に耐えきれず心を閉ざして抜け殻になってしまいました。コロイドを研究する化学者の卵として期待されていた彼の芽を、妻のエミリーが叩き潰してしまいました。
バーバラはヨークの子どもの中で唯一彼の性質を受け継いだ娘です。エミリーの子供のなかではまともな性格と感受性を持ち、人間性を有していました。母親の性質も受け継いでいますがバーバラの場合は天才女流詩人という形で世に出ました。
バーバラの弟コンラッドは姉の素晴らしさの欠片もない、母親の血10000000%のどうしようもないクソ放蕩息子。芸術心もなく、札付きの悪(というかチンピラ)で学校もまともに出席できず自分勝手に暴れて放校処分。歩行者をひき逃げした際は顧問弁護士が相手に大金をばらまいて黙らせたほど、喧嘩で殴られて鼻をへし折られたり。ただしコンラッドは母親エミリーにはチキン全開のビビリ男で、エミリーはジョン・ゴームリーという優秀すぎる好青年と会社の共同経営をやらせます。ただしゴームリーに全部押し付けて自分は放蕩三昧です。コンラッドが正常な理性を持っていた頃、彼は一人の不幸な女性マーサと出会い結婚して子供を二人設けます。最初は生き生きとしていたマーサですが、ハッター家(というかエミリー)のおぞましい悪意にまみれ、コンラッドのDVも受けるうちに次第に疲れてふさぎ込みます。このハッター家でエミリーの血を引いていないのはヨークとマーサの二人だけ。ジャッキーとビリーの子供の奔放さもマーサの心をすり減らしていきます。おおよそ13歳とは思えないほど、乱暴で無邪気でわがままで悪知恵が働くジャッキーと、兄のマネをするビリー。
コンラッドの妹のジルは、快楽主義者で浮世を沸かす美女。姉バーバラは彼女を「浅はかでわがままで社交界の毒花で自分の知る限り一番の悪女。その言葉と姿で誘惑して男を裏切るのだから始末に負えない」と評価します。やっぱりバーバラ△。

三人の子供に加えてもう一人。エミリーと前の夫トム・キャンピオンとの間に生まれたルイザ・キャンピオンは盲目と聾唖の女性でした。背が低くぽっちゃりとした体型で、落ち着いて忍耐強くおっとりとして不平不満を言わない彼女は、マッド・ハッターの中でも異質な存在。視覚も聴覚もないが精神的はまっすぐ成長した心臓がちょっと弱いですがルイザは生きています。そしてルイザの存在をジルとコンラッドは徹底的に嫌っていて、ジルはルイザがいると家が暗い、変だから友達にも紹介できないといい、コンラッドはルイザを早く施設にぶち込んでしまえ、ルイザがいるせいで自分たちはまともな生活ができないと言っているほどです。ただしバーバラはルイザに同情気味で彼女が人並みの楽しみをできるよう協力しています。やはりバーバラさんしか信用できない。
そんなルイザをエミリーは溺愛し、一緒の部屋で暮らして面倒を見ています。他の子供たちや孫に注ぐ愛情をルイザにのみ全力投球していることからも明らかです。

マッド・ハッター

事件が起きたのは、ヨーク・ハッターの自殺から2ヶ月後。エミリーの娘ルイザは毎日昼食後に家政婦アーバックル夫人が作ったエッグノッグを飲む習慣がありました。エミリーに従順なルイザは彼女の言いつけに従い、一階の食堂の指定された場所にやってきて、置かれたエッグノッグを飲み干していました。
そしてある日。いつもの通り、アーバックル夫人が指定された場所にルイザ用のエッグノッグをおいて厨房に戻ります。一階ではジャッキーが花壇を踏み荒らして暴れマーサがひどく疲れながらもジャッキーを探していました。食堂の前でエミリーとルイザは立ち止まります。

食堂にはジャッキーがルイザ用のエッグノッグのグラスを持ち、彼女らに見せつけるようにそのエッグノッグを飲み干しました。これにブチ切れたのはエミリー。「それはルイザ伯母さんのものだ、お前はおばあさまに何度叱られたらわかるの」と怒るも、ジャッキーの手からグラスから落ちて割れ、ジャッキーは泣き叫びます。体が痙攣して具練り、顔も変色してぜいぜいと息をはらして泣きわめき床に倒れるジャッキー。明らかに様子がおかしいジャッキーと、今度はその光景を見たマーサがショックのあまり失神。ハッター邸に住む人間が集う中、真っ先に我を取り戻したのはエミリーでした。エミリーはジャッキーの口を開けて手を突っ込んで無理やり嘔吐させると、使用人のアーバックルにかかりつけ医のメリアムを呼ぶように、と命令し自分は何度もジャッキーへの応急処置を行います。ビリーが飼っている子犬が裏口から入ってきて散乱したエッグノッグの残り部分を舐めると、子犬は痙攣して死んでしまいました。

かけつけたメリアム医師は食堂をみて状況を把握すると、コンラッドにジャッキーを二階に運ぶよう言って彼についていきます。バーバラは失神したままのマーサの体をこすって温めていました。ルイザ付きの看護師スミスが駆けつけるとマーサを介抱します。ジャッキーを診察したメリアムは、「もう大丈夫」と彼が無事だと報告。そしてエミリーに「あなたが冷静に介抱したおかげです。元々致死量ではなかったが吐かせたおかげで重篤にならずに済んだ」と話します。入っていた毒はストリキニーネ。エミリーは、これがルイザを狙った身内の殺人だと考え(=ルイザが毎日エッグノッグを飲むのは一家なら誰でも知っていることのため)、家族全員が容疑者だと訴えます。しかしメリアムはこれが殺人未遂なら自分は通報する義務があるとエミリーの制止を振り切り、電話で警察に通報しました。

探偵ドルリー・レーン

ハドソン川付近にある時代錯誤の城。シェイクスピア時代に浸れる世界の屋敷に、元演劇界の帝王にして引退したシェイクスピア名優のドルリー・レーン氏が数人の使用人とともに住んでいます。サム警視とは「Xの悲劇(ロングストリート事件)」以来の関係ですが、サム警視の口ぶりからXの悲劇以来レーン氏に依頼した事件はない模様。レーン氏は耳が聞こえませんが読唇術を完璧にマスターしているため、彼と話す人間はレーン氏が聾唖であることに気が付かないことも。レーン氏の屋敷にやってきたサム警視は、レーン氏にマッド・ハッターのルイザ・キャンピオン毒殺未遂事件の解決を依頼します。

レーン氏はサム警視を「人魚亭」に誘い、彼に酒を振る舞いながらルイザ・キャンピオン毒殺未遂事件の現状を報告してもらいます。アーバックル夫人が食堂にエッグノッグをおいてからジャッキーが飲むまで約5分~10分程度。そもそもジャッキーがエッグノッグを飲んだ理由も「別に飲みたくはなかったけどおばあちゃんが睨むから飲んでやった」という理由。毒薬のストリキニーネの出どころはヨーク・ハッターの化学室からと判明したのですが、この化学室の鍵をエミリーが持っていてヨークが死んだ直後に鍵をかけてしまっています。窓も鉄格子がかかっていました。エッグノッグに毒を入れるタイミングは、アーバックル夫人が作っている最中に入れた可能性があると厨房をさらいましたが、全くの白でした。

上記の通り詰まってしまったのでサム警視は手助けを依頼しますが、レーン氏は自分は超人ではないし仮説を立てるには証拠も足りないと推理を断ります。落胆するサム警視ですが、何となくこの結果はわかっていた模様。レーン氏は一度狙って未遂なら犯人は必ずルイザを狙うだろうと、ルイザが再び狙われることを示唆して彼女の警護をするようにと忠告します。またメリアム医師が採取した毒入りエッグノッグをニューヨークのシリング医師が分析した結果、量は致死量どころではなく半ダースの人間を殺せるぐらいたっぷりはいっていました。なぜメリアム医師が「致死量ではなかった」と嘘をついたのか、それはどうみてもエミリーに忖度したからでしょう。

暴君エミリー殺人事件

実はこの事件の特徴は矢継早継のスピードで起きるのではなく、ゆっくり起きることに有りました。事件の緩慢さに真実が有りますがこのことに気づく人間はいませんでした。

事件が起きたのは六月。レーン氏のところに使用人のクェイシ―が血相を変えて駆け込んできます。サム警視からの連絡で、ついに事件が起きてしまったと(そして何故か電話越しに叱られるクェイシ―)。ワシントンスクエア北のハッター家にくるように、現場はそのままを保持しておくから、早くきてほしい。クェイシーの言葉を受け、レーンは急いで現場のハッター家に向かいます。屋敷ではジャッキーとビリーが大暴れ。ビリーはともかくジャッキーは13歳だろ流石におかしいだろこの思考新しいいたずら相手の警察がいるやいなやマーサを振り切って警察官にいたずらを仕掛けます。まあこれどうみても父親のコンラッドが育児に関わらないのも大きいんでしょうが。

STEP
2月:被害者ヨーク・ハッター

死因は青酸カリによる自殺。4日前から行方不明だった

STEP
4月:被害者ルイザ・キャンピオン(ジャッキー・ハッター)

エッグノッグに入っているストリキニーネによる毒殺未遂。飲んだのはジャッキー。なお致死量ではなかったとあるが後々分析すると半ダース(6人)を殺せるほどの量があった。

STEP
6月5日:被害者エミリー・ハッター

死因はマンドリンで強く殴られた事によるショック死。死ぬ直前酷く興奮していた形式がある他、エミリーは心臓が悪かったため。

STEP
6月6日:ハッター屋敷炎上

出火場所はヨーク・ハッターの化学室(実験室)。ハッター家の死者及び怪我人無し。鎮火中の消防隊員が一人怪我。

STEP
6月18日:被害者?????????

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現場はエミリー・ハッターの寝室。部屋には彼女と、ルイザのベッドがあります。ルイザの衣食住すべてを面倒見るエミリーは、もちろんルイザと寝食をともにしていました。そしてベッドの上に体をねじ切れたようにして目を開いたまま倒れているエミリー・ハッターの死体が有ります。合流したブルーノ検事より、レーン氏は死体発見時の状況を聞きます。
ルイザは毎朝6時に起きるため、彼女の専属看護師のスミスが同時刻に起きて(スミスは隣の部屋で寝起きしている)ルイザになにか聞くのが日課でした。スミスが6時に起きてルイザに確認するとき、気絶したルイザとエミリーの死体を発見。スミスの悲鳴が屋敷に響きます。彼女の声でコンラッドとバーバラが起きて駆け付け、寝室でエミリーが死んでいると認識。皆でルイザを部屋から連れ出してスミスの部屋に置き、コンラッドがメリアム医師と警察に通報しこの部屋を封鎖しました。なんでお前そんなまともなことができるんだよ。駆けつけたメリアム医師はエミリーの死を確認するとルイザの介抱に向かいました。ルイザはうつ伏せに倒れてコブがありましたが気絶したときにできたものだろうと判断。メリアム医師より、ルイザにエミリーの死を告げるのは止められています。

シリング検視官の到着を待つ間、レーン氏は現場を細かく観察します。すると緑の敷物から足跡が見えました。テーブルの隅に置かれたタルカムパウダーがひっくり返って中身の粉末が全て床に散っていました。その白い粉末から生まれたかかととつま先立ちの足跡が二人のベッドの間からとんとんとんとんと続いています。つま先だけの足跡はエミリーのベッドの頭から始まって足の方面の暖炉に向かい、そこから進路を変えて歩幅を広く―――走って入口に向かいました。またこれは裸足ではなくすり減らした成人男性の靴跡だとわかっているため、目下該当する靴を捜索中です。

レーン氏はエミリーの死体を見て、平行線の傷と血に気づきます。そして周囲を見ると明らかにおかしいものがありました。血がつき弦が切れた古いマンドリンです。ブルーノ検事もサム警視も、凶器はマンドリンだといいます。そしてタルカムパウダーがあったナイトテーブルには、置き時計や古い聖書、花瓶以外に果実が入った鉢が有りました。中身は梨が三個、りんご、バナナ、オレンジ、ブドウがそれぞれ一個ずつ。

凶器は楽器マンドリン

やってきたシリング検察官(医師)は、遅刻もさながらエミリーの監察に入ります。彼女の死体を探ったシリングは悪態をつきながら調査を続け、メリアムを呼びます。メリアムに挨拶すると二人でエミリーの死体を見ながら討論を続けます。そのさまをレーン氏たちはずっと黙ってみていました。二人の見解としては、「直接の死因は殴られた衝撃ではない」「この程度(=マンドリン)の打撃ではせいぜい気絶させるのが関の山だ」とのことです。そして「マンドリンは間接的な死亡原因になる。直接の死因はショック死だろう。ハッター夫人は高齢(63歳)で心臓を患っていたから」とシリングはレーン氏たちにいいます。

サム警視は「こんなへんてこな凶器を選ばなくても普通もっと強力な鈍器を選ぶだろう」と愚痴ります。それに対し「殺せるかどうかならマンドリンのようなものでも強い力で殴れば殺せる。ただし今回は力が弱かった」シリングは反論します。そして前回のルイザ同様毒物の可能性は、と尋ねますが否定されます。レーン氏は「なぜ弱い力で殴ったのか」と疑問を投げ、同時に「何故犯人はマンドリンという凶器を選んだのか。もっと重い凶器ならこの部屋の中にいくつかあるのに」と、まとめました。寝室には聖書を挟むブックエンドや暖炉の火かき棒など、殺すための凶器ならマンドリン以上に適したものがありました。なおこのマンドリンは一階の図書室のガラスケースに入っていました。

シリングが遺体に寝具をかけ直すときベッドから小さな何かが落ちました。レーン氏はそれを見てすぐに拾います。液体が少し入った注射器で、「6」と書かれています。さきほど看護師のスミスが果実鉢を持っていたのを思い出したレーン氏はスミスの部屋に向かい、果実鉢を取り上げます。さすがの暴挙にスミスが起こり、ルイザがびっくりします。メリアムやシリングと中身の果実を確認する中で、傷んだ梨に注射痕があるのが発覚。そしてスミスより、ルイザは果実が大好きなのでいつも寝室に果実鉢がおいてあること、好き嫌いは特にない。逆にエミリーは梨が大嫌いで、このことはハッター家の人間なら誰でも知っていることが発覚。したがって梨はルイザを狙った毒殺で、最初のエッグノッグと同じやり方で狙われているとレーン氏はサム警視やブルーノ検事に話します。ですが注射器やマンドリンからは指紋が検出されませんでした。

ルイザ・キャンピオン

エミリーの死は未だに伝えないほうがいいだろうとメリアムの判断で、未だにルイザは母親の死を知りません。目も耳もくちもきけない彼女とのコミュニケーションは、エミリーが特別に作らせた特注品の点字盤で行います。駒の一つ一つがアルファベットになっていて、点字が読めない人にわかるように作られています。点字盤を借りてレーン氏が触っている間、ルイザは手を動かして何かを訴えています。スミスはルイザの手の動きは手話で、そして内容は何度も何度も同じことを聞いていて、「何があったの? お母さんはどこ? どうして誰も答えてくれないの?」と叫んでいました。
レーン氏がおいた点字盤に「お母さんはどこ? なにがあったの?」と尋ねると、レーン氏は「私はあなたの味方。あなたに悲しいお知らせがある。あなたは勇気を出す必要がある」と、エミリーの死を伝えることを告げます。するとルイザは点字盤を使って「はい。私は勇気を出します。何があったの」とレーン氏の質問に答えると、後ろでメリアムが石のように固まっています。そしてレーン氏は「昨夜大変なことがおきた。貴方のお母さんは殺された」と点字盤を動かし、それを理解したルイザは気絶しました。

V.S.マッド・ハッター家

メリアムにより追い出されたサム警視たちはルイザを除くハッター家の尋問を開始します。長女バーバラはエミリーが殺された日の前夜はパーティに出席しており、帰ってきてすぐ眠ってしまい、スミスの悲鳴で起きました。一目でエミリーが死んでいるとわかったバーバラとコンラッドは、足跡を踏まないようにベッドからルイザを回収しています。サム警視はエミリーはルイザの代わりに殺された可能性があり、狙われているのは彼女だろう。ルイザの命を狙う人間がこの屋敷内にいるのか、と家族の情を抜きにして答えてほしいとバーバラに尋ねました。バーバラは、自分と母親エミリー以外の家族はルイザを目の敵に、憎んでいると答えます。父親ヨークの遺品に手を付けてはならないとエミリーからの言いつけがあり、バーバラは「母は父本人よりも遺品を尊重していた」と日々を思い出しながら話しました。

サム警視より父親ヨークの自殺の理由を尋ねられ、バーバラは苦痛の表情を見せます。たった一つの生き甲斐も奪われて息もできぬほど押しつぶされて抜け殻になった人間が自殺を選ぶ理由以外はあるのかと。サム警視、職業柄仕方ないのですがとことんバーバラの地雷を踏んでいるんですよね。ぶっちゃけレーン氏だけの会話のほうが弾む。バーバラは、母は心の底では父を愛してたけど、父を強くするために色々動いた結果父の背骨を折ってしまったと呟きます。そして自分は父親の化学実験を見るのが好きで、義妹マーサも父親ヨークに同情的で見に来ていました(なおヨークが生きているとき、化学室に興味を持って入ったのはバーバラとマーサのみ)。
逆にヨークがバーバラの詩に興味があったのかといえば、答えはノー。詩は一切わからないと言っていました。またヨークは小説を書いていたけど結局書き上がらないままだったといいます。

V.S.アーバックル夫妻

サム警視は使用人のアーバックル夫妻を呼びます。昨日の夜は眠った後、深夜二時頃にバーバラが帰ってきて呼び鈴を鳴らしたのでアーバックルは慌てて起きてシャツとズボンに着替えて迎えに行き(バーバラは鍵を持っているがパーティに向かうとき忘れてしまっていた)、その後は再び眠りましたと証言。ルイザの果実鉢はアーバックル夫人がエミリーの命令で用意しており、新しい果実を鉢の中に入れています。また果実は他の人間も食べるので多めに注文、エミリーが梨が大嫌いなのも知っています。サム警視は威厳と威圧を保つために、夫人の口癖(方言)のあんた、という言葉をやめろと言っています。徹底してるな。そして果実はアーバックル夫人本人やジャッキーとビリ―も食べたと話します。ルイザは食べる物、飲み物には拘りがあるようで滅法うるさく、熟れすぎたり少しでも傷んだ果実は絶対食べなかったとアーバックル夫人は証言します。そして梨は確かにふたついれたと間違いなく語り、二階の寝室に持っていったのも自分だと話したことで、警視たちは驚きを隠せませんでした。
昨日の夜、バーバラを入れたアーバックルはぐるりと屋敷の一階の戸締まりを確認して再び眠ったため、バーバラの後に誰か来てもわからなかったといいます。そして地下室は入口は表も裏も板を打ち付けているので何年も開かずの扉。用心深く鍵を確認するのはエミリーが口酸っぱく言っていたのでそれが習慣になったためでした。そしてアーバックル夫妻が住み込みの使用人になったのは八年前からで、こんな奇人変人の一家に仕え続けた理由もお給料が破格だから、という理由のみ。
メイドのヴァージニアも昨日は良く眠っていたこと、仕えたのは五年前でアーバックル夫妻同様お給料が破格だからという理由でした。彼女は今回の事件で何も知らない関係者です。

V.S.ジル・ハッター&ジョン・ゴームリー・チェスター・ビゲロー

続けての尋問の前に、ハッター家の関係者が登場。コンラッドの共同経営者のジョン・ゴームリーとハッター家の顧問弁護士チェスター・ビゲローです。図書室にいる二人の間に次女のジル・ハッターがいました。天性のサークルクラッシャーことジルはゴームリーとビゲローを誘惑し互いに憎悪を煽らせていますが、それは打算的ではなく生来の気質だからだろうとレーン氏は捉えます。
サム警視がジルに昨夜のアリバイを尋ねると、ジルはゴームリーと芝居を見に行って夜通しパーティに参加して、朝五時に帰宅したと話します。芝居を見に行った後の深夜一時頃、酔ったジルはゴームリーと喧嘩してしまい、怒髪天を衝いたゴームリーはジルを置いて一人で帰宅。売り言葉に買い言葉でやけ酒を飲んだジルは、ドレスのまま大声で知らぬパーティに参加して朝方に警察に呼び止められて屋敷に送ってもらったとのことです。彼女がハッター家の屋敷についた頃はすっかり朝になっていました。屋敷にはいるとき玄関に鍵はしっかりかかっていたため、ジルは入るのに苦労したといいます。図書室にあったマンドリンを見たのはゴームリーと出かける前で、ジルはヨークの化学室にはほぼ寄り付かず、彼を見下すような発言もありました。

ゴームリーはジルを置いて帰った後、ダウンタウンを歩き回っていました。玄関を開けたのは空が白くなる頃。コンラッドとはもともとルームメイトで家族ぐるみの付き合いがありました。エミリーに命じられてコンラッドと会社の共同経営をしたのは約三年前。
ビゲローの弁護士事務所はエミリーの法律関係の一切合切を担当しています。エミリーは暴君で型破りなところが多く、法律においてはウォール街の相場の人間全てがエミリーの敵と言っていいほどですが、エミリーを殺したいほど憎んでいる人間はいないと断言します。ビゲローはエミリーの遺言書を預かっているが、遺言書の開封はエミリーの葬儀終了後だと話しました。サム警視の尋問を終えると、ビゲローはジルの腕を掴んで出ていき、ゴームリーもそれを見つつ退席します。

V.S.アンジェラ・スミス

次の尋問相手はルイザの看護師アンジェラ・スミス。ルイザとエミリーの寝室に頻繁に出入りした筆頭でした。マンドリンが昨日ここ(図書館)にあったのかは覚えていないが、自分の記憶する限りでは、ヨークが失踪してからマンドリンがガラスケースから無くなった事は一度もありませんでしたとはっきりと答えます。ルイザの果実鉢は、ハッター家の人間は触らないが、ジャッキーとビリーは時々果実をパクっていくのでエミリーがブチ切れて折檻していると話します。三週間前にもジャッキーたちが果実を一つパクって食べたのでエミリーがジャッキーに鞭打ちの刑を実行していると、母のマーサが飛び出してきてヒステリー気味にジャッキー達を庇いエミリーに刃向かい大喧嘩したとのこと。
ルイザの果実鉢の話をしているうちに、昨夜の梨は二個で今朝は三個あったと思い出して断言します。スミスもハッター家に仕えて四年になる正看護師ですが、ルイザのことが気に入っていることや給料が破格なのでこのまま住んでいるといいます。ヨークが実験道具など目録を作ってきちんと管理していることも伝えます。

V.S.エドガー・ペリー

更に続いての尋問相手はクソガキの家庭教師エドガー・ペリー。エドガーは今年初め……一月に辞めた家庭教師と入れ替わりに雇われて入ってました。コンラッドが新聞に家庭教師募集の広告を出したため、大勢の応募者の中から選ばれたとのことで、紹介状もありました。前任の家庭教師はマーサと揉めて辞めたらしく、それもジャッキーが猫を浴槽に無理やり沈めて溺死させるところを見た家庭教師が、彼を鞭で打ったためです。どうみてもシリアスキラーの才能の目覚めだろこれ。マーサがすごい剣幕で食って掛かったとのこと。対してエドガーはジャッキーたちをうまく躾けてコントロールする方法を覚えたようで、うまくやっていると表現します。そのうえでコンラッドもマーサも子供を躾けるのには全く向いていないと評価しました。他の使用人が口を揃えて言うように、とにかくお給料が破格なので辞められないとエドガーは呟きます。また彼はバーバラを崇拝していて彼女の作る詩を愛しています。
エドガーはルイザの部屋に果実鉢があることは知っていますが、エミリーの嫌いな果実は知りません。一月に来た彼はよーくと一度も会ったことがなく、彼についての知識はバーバラから聞いた程度だと話します。ルイザに対しては教育者という立場から純粋に興味の対象としてコミニュケーションを取っていました。

V.S.コンラッド・ハッター&マーサ・ハッター

面倒な相手だと辟易しながらサム警視が呼んだのはコンラッド・ハッター。警察相手で萎縮しているのがわかりますが、空いた扉からいたずらクソガキのジャッキーが叫びながらビリーを拘束して走り回ってきました。それを追うように疲れ顔のマーサは駆け込んでしかりながら二人の子供を捕まえてひっぱたきます。泣きわめくジャッキーとビリ―に、サム警視は呆れながら「子供の躾ぐらいちゃんとしてください」といいます。続けてアーバックル夫人と、ホーガン警察官も入ってくると、ジャッキーはホーガンの足を蹴り上げます。流石にコンラッドもブチ切れてマーサに「この馬鹿女、ガキどもを連れていけ」と怒鳴りつけます。お前は何もしないのか。その言葉でマーサは仰天して我に戻り震えました。ジャッキーとビリーはアーバックル夫人とホーガン警察官がなんとか図書室から出すことに成功しました。癇癪を起こしたことを後悔しながら、夫婦はマンドリンが昨夜、図書室のケースの中にあったことを話します。コンラッドは深夜一時ころに帰宅した際、図書室にマンドリンがあるのを見ていました。なぜそんな遅くに帰宅したのか聞かれて、コンラッドは仕事、と答えました。自分主義で癇癪玉が溜まっているコンラッドは定期的に逆ギレますが(ぜっっっっっっったいここの性質、ジャッキーたちに受け継がれてる)、サム警視は気を使ってにこやかに応対します。コンラッドは図書室で酒を飲み、そのまま眠りました。すでにマーサは寝ていたといいます。マーサは夜十時頃に子供を寝かしつけると一時間ほど公園を散歩して戻ってきたあと眠りました。

サム警視はコンラッドに、ルイザを回収する時床にタルカムパウダーの白い足跡があった事を覚えているかと尋ね、彼は足跡があったことをぼんやり覚えていると答えます。そして図書室に男物の靴を持ってきたモッシャー警察官が入ります。古びて薄れて黄ばんでいるその男靴は、コンラッドが昨年まで履いていた靴とマーサもコンラッドも話し、コンラッドは処分しろと言ったはずとマーサを詰りますがマーサは忘れていたと受け流しました。
何故サム警視がコンラッドに靴を見せたのか全くわからないコンラッドに、警視が理由を伝えます。この靴裏が寝室の白い足跡とぴったり一致します。そして二階の足跡にぴったり一致し、靴裏にタルカムパウダーがついている靴は、この屋敷の中ではサム警視が持っている靴のみです。

ルイザ・キャンピオン テイクツー

メリアムより許可がでたルイザが話したいことがあるとレーン氏たちを呼びました。視覚、聴覚、しゃべり、を失っているルイザですがレーン氏は人間には五感があり、まだ彼女には触覚と嗅覚が残っていると希望を持ちます。再会したルイザの横にはトリヴェット船長が見舞いにきていました。ルイザは昨夜の出来事を点字盤で話します。二人が眠る前はタルカムパウダーはひっくり返っていなかったとスミスが証言。
二人が眠ってから数時間後、ルイザは直感的な悪意を感じて目を覚まします。その後の行動が点字盤では間に合わないと踏んだルイザは、レーン氏たちの前で昨夜の瞬間を身振り手振りで再現します。そしてルイザは犯人らしき人間の鼻と頬を触ったとスミスが通訳します。これに食い込んだのがサム警視ですが、レーン氏がストップを掛けもう一回再現してほしいとルイザにお願いします。ルイザが二回目の再現をしたあと、レーン氏は彼女が恐ろしいほどに記憶が正確すぎる人間だと褒めます(足や手の配置が全く同じなので)。このあたりからレーン氏が己の美学のもと動いてサム警視やブルーノ検事も割り込んで三人が互いにぶつかってるのが目立ってくる。サム警視は犯人の身長が割り出せるといいますが、ブルーノ検事は犯人がかがんでいた可能性もあるのでどうだろうかと話します。しゃがんでつま先立ちはかなりしんどい体勢だと思うんだが。ルイザは触った後気絶してしまいました。

レーン氏がルイザに指先の感覚を尋ねたところ、「すべすべで、やわらかい」とスミスが通訳しました。ルイザの証言にサム警視の背景で宇宙が爆発しました(驚天動地)。そんなはずがあるか、コンラッドの肌が「すべすべでやわらかい」とかおかしいだろうと。レーン氏はコンラッドが犯人という先入観を捨て、別の人間が犯人だと考えるべきでしょう。犯人はコンラッドに見せかけるために彼の靴を履いていた可能性があるとアドバイスを送ります。サム警視はブルドックのような性分で一度考えた推理をなかなか捨てられませんでした。ルイザにコンラッドの肌では無かったかと聞くと、彼女は手話で「とてもすべすべでやわらかい頬、間違いない」「いいえ、絶対に違う。男の肌では無かった」ときっぱりと証言。兎にも角にもルイザの証言を信用するしかないと腹をくくったサム警視は「犯人はコンラッドでもなく男でもない、女だな」と捜査をあらためる必要があるといいます。この時点で関係者全員の頬にルイザが触れる検証をすれば、動機はともあれ犯人は見つかったのでは?と思う読者は多かったと思う。
レーン氏はこの事件にうずまく不自然さが解明できないと頭を抱えていますが、検事と警視はそうは感じなかった模様。念のため、触ったのは母親エミリーではないかとレーン氏はルイザに聞くと、彼女は抗議しつつ「いいえ、いいえ。母の顔にはしわがある。しわしわ。触ったのはすべすべ。すべすべ」と歪みない真実で答えました。レーン氏とルイザの遣り取りを、メリアム・トリヴェット・スミスの三人は黙って見ていました。サム警視はもう十分ではとレーン氏に言いますが、レーン氏はルイザはまだ味覚・嗅覚・触覚が残りそれらが発達している女性だからまだ何か覚えているはずだと諦めませんでした。そしてルイザも何かを伝えようとしているがうまく伝えられないので、こちらで誘導すればとレーン氏は質問内容を考えていました。そこにスミスがルイザが手話で何かを訴えていると呟きます。スミスに寄れば「誰かの肌に触って気が遠くなるときに嗅いだ香りが、アイスクリームあるいはケーキのような匂い」です。

警視は爆笑しますがレーン氏は「アイスクリームあるいはケーキの共通点はよい香り」なので、これは至って普通のことなのではだと答えます。レーン氏はそのアイスクリームあるいはケーキのような匂いはおしろいやパウダーとは違うか、と聞けばルイザは「おしろいやコールドパウダーではない。アイスクリームに似ていた。甘い香り、もっと強い。ツンとした香り」と応えます。そしてレーン氏は「花?」と聞くと「そうかもしれない」といい、考えた後「はい、とても珍しい蘭の香り、トリヴェット船長がくれた私にくれた、自信は無いけど」と返します。トリヴェット船長は蘭の花をルイザに贈ったのは七年前の事だけど、その花は友人の船長が南米から持ち帰った花なので、どんな花か覚えていないと言います。ルイザは花が大好きなので一度嗅いだ花は忘れない。その匂いを嗅いだのはあのときだけと。
レーンは最後、ルイザにそのアイスクリームのようなケーキのような匂いの種類をたずねます。ストロベリーなのかクルミなのかバナナなのか、チョコレートなのかバニラなのか。その質問は不機嫌状態のサム警視を感嘆たらしめ、またルイザもぱああと何度も頷いて点字盤を走らせました。ルイザはそのアイスクリームのような匂いは絶対にバニラの匂いだ。チョコレートでもストロベリーでもバナナでもクルミでもない、バニラだ。アイスクリームでもケーキでも蘭の花でもない、ただのバニラだと断言します。褒めて褒めてとアピールするルイザにトリヴェット船長が手を握ってすごいすごいと伝えます。そして「教えてほしい、私の証言は役にたったのか、役に立ちたい、役に立たなければ、教えて教えて」と。サム警視はおごそかに「お嬢さん、必ず役に立ちます」と。ルイザの愚直なまでの気持ちに涙を流した。

  • バニラの匂い
  • すべすべでやわらかい頬
  • 身長

バニラの匂い

サム警視はキッチン担当のアーバックル夫人を呼び、この家ではバニラを使用するかと尋ねます。何言ってんだこいつという顔で夫人は使用するのが普通でしょうと応えます。食料備蓄庫にバニラの缶があるが、エッグノックにはバニラを使っておらずナツメグを使うのがアーバックル夫人流。
警察や夫人と一緒にバニラの匂いの元を集めてルイザに確かめてもらいましたが、彼女はどれも違うと首を横に振ります。このとき他のハッター家の人間が野次馬根性で集まってきていて、ルイザを嫌悪するジルは「ルイザなんてただの馬鹿、妄想の塊よ」と言い放ちますが、バーバラが窘めます。ジャッキーとビリーがゴームリーからリコリスをもらったと話したとき、ジャッキーは「ぼくなら答えられるのに、どうしてぼくに聞かないの?」と警視に聞いています。そして警視はルイザにコンラッドの肌を触ってもらったが、違うと言いました。コンラッドは始終困惑顔。
一方レーン氏はハッター家屋敷内をくまなく捜索しバニラの香りがするものを探していました。しかしルイザが言うようなツンとしたようなバニラの香りは見つかりませんでした。そしてご飯を食べた後、ヨーク氏の実験部屋の捜索に乗り出します。その前にシリングから梨と注射器についての検証結果が警視宛に届きました。

  • 梨は最初から腐敗しているため腐敗は毒物が原因ではない
  • 残り二つの梨には毒が含まれていない
  • 注射器には梨と同じ毒の残存物があった。第二水銀。
  • コンラッドの靴の染みは塩化第二水銀。梨に第二水銀を注入するときにこぼれたもの
  • エミリーの毒殺の可能性はほぼゼロ

「第二水銀」は現代だと「塩化水銀(Ⅱ)」と表記される化学物質で猛毒です。一般的には昇汞(しょうこう)と呼ばれ、かつては水で薄めた昇汞水が殺虫剤や防腐剤に使用されていましたが猛毒と言うことで現代では使用されていません。0.2~0.4gで致死量になり、現代では毒物及び劇物取締法(毒劇法)で毒物に指定されています。昇汞は一滴飲んだだけでも人体への悪影響が大きく、実際に昭和7年の坂田山心中事件や有島武郎氏「お末の死」で昇汞が毒として使用されています。

ヨーク・ハッターの実験室

エミリー・ハッターが死ぬまで肌身離さず持っていた旦那ヨーク・ハッターの実験室。鍵穴には細工の後もなく、ゆっくりと回して扉を開けます。蝶番も扉も軋みました。ドア周りの床は埃まみれでこの扉は封鎖されたままでしばらく使われていない証拠になりました。2ヶ月前に捜査したときはこんなに埃まみれではなかったとサム警視は語ります。
部屋に残る踏み荒らされた足跡はまともな足跡がありませんでした。警視の許可を得てレーン氏達も部屋の中に入ります。様々な実験設備、窓には格子がはめられていて、隣室のエミリーの寝室と同じ暖炉がありました。踏み荒らされた足跡はヨークが死んだ直後の警視の初動調査以降に存在し、何者かが何度かこの実験室に出入りしていた事実を裏付けます。ただ明確な足跡が残っていないのは出入りしていた人間が故意的に足跡を潰したのではないかと。ヨークの暖炉にも足跡が残っていて中を覗けば、空が見えました。故に煙突から伝って出入りが可能だとサム警視は思い、共犯者がいるのではと考えます。

レーン氏は薬品棚を調べます。ヨークは几帳面な性格のようで、棚の瓶も壺もラベルも全て統一されています。ラベルには耐水性のインクで中身と化学式が書かれていて、毒物の場合は赤いラベルで記載済み。レーン氏は観察するうちにストリキニーネと書かれた瓶に目が行きます。瓶底周りの埃はかき乱されていて、明らかにここ最近持ち運びされた形式が残っていました。シリングからの報告書にあった梨に注入された塩化第二水銀や、ヨーク・ハッターが自殺の時に使用した青酸カリなど、今回の事件で使用された毒物が全てこの薬品棚に収められていました。警察は最初の事件から何度かヨークの実験室を調べましたが事件の手がかりになるようなものは見つかっていません。レーン氏が棚を捜索する中、ヨークが普段から使用していた注射器のケースと目録が見つかり、一本足りないことからエミリーの寝室で見つかった注射器ではないかと。
捜索しているうちに小さなスツールの痕が棚の前で等間隔で見つかりましたが特に意味が無いと警視はいいます。そしてレーン氏とブルーノ検事はハッター家からそれぞれの持ち場(ハムレット荘と検事局)に戻っていきました。

一人残ったサム警視と警察がハッター家を監視している中、事件が発生しました。図書室で寝起きする警視は。寝苦しさで身体の向きを変えていましたが、午前二時頃に悪寒で目を覚まします。何者かに起こされたのか、何があったのかと注意深く観察する中で「火事だ!」の大声が警視に届きます。図書室から出ると、寝ずの番のモッシャー警察官が大声を上げながら煙を吸わないように身を屈めています。モッシャー警察官に消防車を呼べと伝えた警視が二階に駆け上ると火元はヨークの実験室。鍵を開けて中を見た直後、炎と悪臭の煙が向かってきたので警視は本能で扉を閉じます。ハッター家の面々も廊下に出てきて唖然とする中、警視はバーバラに消火器はどこだと聞きますが、この屋敷にはないと答え、ジャッキー達が心配だマーサはどこだと尋ねます。直後、死ぬ物狂いで二人の子供を抱え込んだマーサが廊下に来ます。警視はハッター家に「実験室が爆発するからとにかく家から出ろ、死ぬぞ」と屋敷から出るよう大声で叫びます。使用人らの姿を庭に確認した後、サム警視はとモッシャー警察官はルイザとスミスがいない事に気がつき、大急ぎで屋敷に戻ります。スミスの部屋では、煙を吸い込んで気絶したスミスとスミスの上にかがみ込んだルイザがいました。二人はルイザとスミスをそれぞれ抱えて死ぬ物狂いで屋敷から脱出。直後、薬品が爆発したのか閃光が貫き大轟音が響きます。奇跡的に死者がいませんでしたが、鎮火中の消防員が薬品爆発で一人負傷しました。

消火後、ハッター家のみんなは黒焦げになった屋敷に戻ってきます。出火元の実験室ですが、ドアは焼け、ベッドやドレッサーも焼けガラスの実験道具が溶けていて散々な有様ですが、床は殆ど焼け跡がありません。サム警視はレーン氏が住むハムレット荘に電話をかけ、今回の件について問い合わせます。レーン氏は聾唖の為自分で電話にでることが出来ないので、使用人のクェイシーの口元で読唇して答えています。放火後も実験部屋に侵入した人間はいないと警視は断言するとレーン氏は実験部屋の入り口ではなく部屋の中で見張るようにと伝えます。放火した人間がどのような侵入経路を使ったかレーン氏はわかっていますが、何故放火が起きたのかはわからないと言いました。

消火終了後、黒焦げになった実験室にレーン氏達は再び訪れます。侵入経路のうち、扉が使用されず、窓は格子で不可、暖炉の上の煙突は警察官が見張っていました。壁が外れる可能性はないとサム警視が確認済。それを聞いたレーン氏は最後の懸念がなくなったと話し、この暖炉の向こう側はどこに繋がっているのかと警視に尋ねます。実験室の隣はエミリー達の寝室で、この実験室と同じ暖炉がありました。サム警視は事実に気がつき、炉棚から入って暖炉から手を伸ばして暖炉内の壁を叩きます。二つの部屋は煙突を共有していて壁は1m半、仕切り壁もあります。2階には非常階段もあるため、煙突やドア以外から入ることが可能になりました。放火の時のアリバイを尋ねると、モッシャー警察官の証言によれば二階で目立った扉の出入りはありませんでした。実験室の火元はマッチで、一階のキッチンからくすねてきたマッチが何本も置かれていました。瓶の破片と化学班の調査の結果、使用されたのは二硫化炭素という物質で、揮発性が高く火を付けると爆発する劇物です。これらが偶発的に燃えた可能性が示唆されますが、二硫化炭素が入った瓶が薬品棚に保管されていたことをレーン氏達は確認しているため、これは人為的な放火だと断言します。スミスに確認したところ、エミリーが暖炉を使用した事が無いのためか、事件があってから煤がついた服はありませんでした(アーバックル夫人に確認済み)。
サム警視やレーン氏たちの悩みのタネは「犯人が実験室を放火した理由」でした。あの実験室は警察が調べ尽くした後で見つかってまずいものはなかった、ならば自分たちが問題にしなかったなにかが犯人にとって危ないものだったのか、等など考えますがどれも当てずっぽう。実験室から劇毒物を盗んだ形式を隠すための放火とサム警視はひらめきますが、レーン氏に否定されます。警察の厳重な警備が付いた後で危険な真似をして毒物を盗む必要があるのか、普通はもっと警察の目が他に向いている段階で盗むだろうと。捜査が進展せず次から次へとやってくる難題に、警視は頭を抱えてこの事件から降りたいと弱みをぶちまけたほどです。

今回の火災はハッター家の精神をへし折ったのか、それとも警察に包囲されて鬱屈しつづけた結果なのか、彼らの目は曇り、何かと小さな事で罵倒し合っています。そんな中、サム警視はバーバラの横に座って何かと話しかけるエドガーの所に向かうと、あなたは紹介状を偽造しているがそこまでしてここに来た理由は何かあったのかと話しかけます。エドガーはまさか殺人事件に巻き込まれるなんて、と罵倒した後、紹介状を偽造したことを認めます。しかしそこにバーバラが入って「私たち」と関与した事を告げます。バーバラの話では、エドガーとはここに来る前からの知り合いで彼は自分からの金銭的援助を受け取らなかったため、コンラッドが家庭教師を探しているからどうだろうと紹介状を書いたと彼を庇います。その後もサム警視はエドガーが身元引受人がなく友達もいないなど、明らかに怪しい箇所があるとつつきますが、バーバラが怒って打ち切りエドガーと共に部屋に戻っていきます。警視は意地が悪い眼差しを二人に向けつつ、部下を呼びました。

エミリー・ハッターの遺言書

翌日、エミリーの葬儀が厳かに行われました。エミリーの葬儀後に遺言書が発表されることがわかっているため、マスコミも部数を増やすためにかき立てます。酒が入ったコンラッドがぶちきれて周囲に当たり散らしたりバーバラがコンラッドを引っ張っていったり、ジャッキーとビリーはピクニックのように走り回りマーサはそれに奔走したりとなかなか大変でした。マスコミはルイザとスミスにカメラを向け、盲目で聾唖で口もきけない彼女の悲劇的な顔と、母親の棺に涙をこぼしたシーンを撮るのに必死でした。
葬儀後の食事の最中も、コンラッドはなんとかビゲロー弁護士から遺言書の中身を聞き出そうと必死でしたが、彼は話すことは出来ませんと口を紡ぎました。ルイザの横で彼女についていたトリヴェット船長が自宅に下ろしてもらった時、ビゲローが遺言書の発表があるので一緒に来てほしいと彼を止めます。なおビゲローに声をかけられなかったゴムリーは自主的に残り、ジルの姿を一心不乱に見つめていました。

図書室につくとそれぞれ適当に座ります。ビゲローは遺言書の中身を読み上げる前に「この遺贈金額は税金などを差し引いて100万ドルと仮定しています。なお実際の遺産金額は100万ドルより上です」「読み上げている最中、割り込まないように」とハッター家の人間に忠告します。

エミリー・ハッターの遺言書①
  • エミリー・ハッターは正常である。
  • 自分の死後、遺言書が発表されるときルイザ・キャンピニオンが生存している場合、ルイザの将来の生活を保証することが第一の目的である
  • バーバラ・ハッターにはルイザの将来と幸福な生活を守るかどうかの責任を負うか否かの選択権を与える
  • バーバラ・ハッターが責任を負い、ルイザを生涯幸福に暮らせるように努力する意思を示すなら、遺産は次のように分配される

ルイザ(バーバラに信託)――――――30万ドル
バーバラ(自身の相続分)――――――30万ドル
コンラッド―――――――――――――30万ドル
ジル――――――――――――――――10万ドル

  • ルイザの相続分はバーバラが信託財産として管理する。ルイザが死んだ場合は三人の子供に10万ドルずつ均等分配されるがコンラッドとジルの相続額に変化はない
エミリー・ハッターの遺言書②
  • バーバラ・ハッターがルイザの後見人を拒否しコンラッドが承諾した場合は次のように分配される

ルイザ(コンラッドに信託)―――――30万ドル
コンラッド(自身の相続分)―――――30万ドル
ジル――――――――――――――――10万ドル
バーバラ(拒否した場合)――――――5万ドル
ルイザ・キャンピオン福祉の家――――25万ドル

  • バーバラの相続分から引いた25万ドルは「ルイザ・キャンピオン福祉の家」という障害者施設を建てるための費用に充てるよう細かく書かれている
  • ルイザが死んだ場合の信託財産30万ドルはコンラッドが20万ドル、ジルが10万ドル分配されバーバラは除外される
エミリー・ハッターの遺言書③
  • バーバラ・ハッター及びコンラッド・ハッターがルイザの後見人を拒否した場合

バーバラ(拒否したため)――――――5万ドル
コンラッド(拒否したため)―――――5万ドル
ジル――――――――――――――――10万ドル
ルイザ・キャンピオン福祉の家――――25万ドル
ルイザ―――――――――――――――50万ドル

  • この場合のルイザの遺産はトリヴェット船長に信託する。船長ならきっと引き受けてくれるだろう。後見人を承諾してくれた場合は恩義に報いて5万ドルを遺贈する。
  • ジルには全てにおいて選択権を与えない
  • ルイザが死んだ場合、50万ドルのうち10万ドルがジルの相続分に追加され、40万は障害者施設の創設基金に追加する

その後もビゲロー弁護士は遺言書を読み上げ、アーバックル夫妻とスミスには2500ドル、スミスが今後もルイザの看護師と話し相手をしてこの屋敷に留まることを承諾するなら、毎週75ドル支払う基金を設ける、ヴァージニアは500ドル贈るとのことでした。
この遺言書を聞いている間、コンラッドは血走った目で周囲を見ていました。ビゲロー弁護士の言葉が終わり、遺言書の写しを見ている間も周囲は無言でしたが、コンラッドが癇癪を起こして喚きながらヒステリーを起こして弁護士に向かって突進しますが、サム警視に抑えられます。コンラッドお前そんなんばっかだな自我を取り戻したコンラッドはバーバラに向かって姉さんはそれでいいのかあいつのことは、と尋ねますがバーバラはコンラッドのことなど目もくれずルイザの肌を優しくを触って失礼すると出てしまいました。バーバラとは正反対に、ジルはエミリーのことを罵倒しルイザを悪鬼の如く忌み嫌うと、部屋から出て行きます。マーサはそんな彼らの姿を軽蔑の眼差しで見つめ、スミスは展示盤で遺言書の中身をせっせと伝えていました。

発行当時(1932年)に最も近い1924年の1ドルは2.451円でした。そのため単純計算すれば2500万円ぐらいなのですが、当時の貨幣感覚とは違うためもっと高いと思われます。

ハッター家を観察していたレーン氏は、常軌を期した彼らの性格は、たちの悪い環境で培われたものではなく先天性のものではないかと推測します。その根源は死んだエミリー・ハッターにあるとし、彼女の血を引いた人間にのみそれが顕著であると。証拠はルイザ・キャンピオンだとレーン氏は話します。
この遺言書は、ヨークが死んだ後にエミリーが書き直したとビゲロー弁護士は話します。前の遺言書では、ルイザの面倒を見るという条件で全財産はヨークに贈られるという単純なモノでした。もしルイザが先に死んだ場合はヨークが三人の子供に配分してくれるだろうし、ヨークならルイザの将来を美味く計らってくれるだろうと。そしてこのときの遺言書の内容は三人の子供も知っていました。

ハムレット荘にて

後日、レーン氏が住むハムレット荘に集ったブルーノ検事とサム警視。サム警視はエドガー・ペリーの過去を攫い、彼の本名がエドガー・キャンピオンであり、エミリーの最初の夫トム・キャンピオンの息子だと話します。ルイザにとっては異母兄です。バーバラが何故介入したのかも判明し、バーバラがエドガーに惚れているからとっさに庇ったんだと伝えます。その証拠にバーバラはエドガーの出生を知りませんでした。また彼女同様エミリーもエドガーが別れた旦那の連れ子だと知りませんでした。法に則って彼を警察署に連行していますが、なかなか口を割らないとのこと。ルイザが受けた「すべすべでやわらかい頬」は彼女の勘違いだと告げます。

レーン氏はといえば、考えに考えた結果、わからなくなってしまったと話します。「Xの悲劇」の事件のようにはっきりとした点があるが、奇妙な点が多くわからない。レーン氏は自分が混乱しているがこの混乱を二人にどう伝えればいいのか解らない。二つの明確な捜査線があるのでそれを辿るしかないと警視と検事に訴えます。そのうえで一つは「バニラの匂い」、もう一つは「とんでもなく信じがたい推理なので話せない」と答えを区切ります。
腹を割ってはなそうとなったので警視たちが今回の事件についておおよその推理を語ります。梨に毒を入れてルイザを殺そうとしたがエミリーが起きたのでマンドリンでぶん殴って気絶させたら死んでしまった。だからエミリーは想定外の殺人であり犯人はルイザを狙っていた。ただしレーン氏の見解は全くの逆で、犯人は最初からルイザではなくエミリーを殺すつもりであり、ルイザを毒殺するつもりは無かったと述べます。

犯人はルイザが梨を食べると期待していたか?

答えはNo ルイザは食べる物に拘りがあった

何故ルイザは毒入り梨を食べないと犯人は考えたのか?

元々毒を入れる前から腐った梨であり、鉢の中には新鮮な梨が2つあった

ルイザが食べる果実鉢に梨に毒が混入されていた。そして梨はエミリーが大嫌いな果実のため、食べるのはルイザだけだった。しかも2ヶ月前の毒入りエッグノッグで彼女が狙われている仮説はより一層強くなります。そもそも今回の犯人は、このハッター家の屋敷に精通した人間だとレーン氏は断言します。根拠はルイザの毒殺未遂事件の他にもヨークの実験部屋の薬品棚や、マンドリンの位置、誰も知らない暖炉と煙突の秘密を知っていたからです。
そもそもスミスやアーバックル夫人が果実鉢に梨が二つ入っていると証言し、翌日梨が三つ入っているとレーン氏たちが見つけます。このことが犯人が自前で腐った梨を用意した証拠となります。だから犯人はこの梨をルイザに食べさせるつもりは無かったとレーン氏はきっぱりと言います。何故そんな手の込んだことをしたかといえば、警察にルイザが狙われていると信じ込ませる目くらましのためです。現にサム警視やブルーノ検事はレーン氏が言うまではずっと信じていましたししかし警視はその梨が嘘っぱちだとどうやって自分達に発見させるんだと聞きます。

レーン氏はその質問に対して、これはあくまでエミリーの殺人が突発的な事件だという前提の上で、発見方法は三つあり、「毒入りに使用した注射器を現場に落とす」「みんなが梨の数を知っている上で毒入りの梨を鉢に入れて増やした後、そのまま梨を減らさずに放置」「口実を作って犯人が自分で被害者になって注目を集める」のどれかだと提案します。しかしこれらはエミリーの殺人が計画殺人の場合は何の意味をなさないと言いました。
エミリーの殺人が目的の場合は、毒入りの梨を入れて放置するだけでいい。そうすれば遅かれ早かれ警察は梨を発見してエミリーではなくルイザが狙われていると考えて捜査の舵を切り替えます。

――――(省略)かくて犯人は真の狙いを達するのですよ。すなわち、ハッター夫人を殺害しながら、警察にはルイザを殺す動機がある者を探させ、同時に、ハッター夫人を殺す動機がある者から目をそらさせる。これこそが真の狙いなのです。

Yの悲劇 P299

帰ってきた・凶器はマンドリン

そしてマンドリンは元々あの寝室にあったものではなく一階の図書室にあって誰も触ってはいけないとエミリーより言われていたとコンラッドたちが証言しています。そのため犯人は明確な理由でもって二階から一階におりてマンドリンを寝室に持ってきました。その明確な理由は不明ですが、犯人にとっては間違いなく意味があったもの。

本来の目的の楽器として寝室に持ち込んだ馬鹿馬鹿しいのであり得ない
誰に罪をなすりつけるための偽の手がかりとして持ち込むヨークに罪をなすりつけるために?
ヨークは既に死んでいるのであり得ない

レーン氏たちは犯人がマンドリンを持ち込んだ理由の可能性を一つ一つ検証して潰していきます。ヨークが実は生きていたとしたら?という可能性もあがりますが警察がしっかりと調べているうえ、もしヨークを示す手がかりならマンドリン以外のものがあったはず。消去法で選ばれたのが「凶器として使うため」ということ。しかし何故マンドリンが選ばれたのか、その理由が不明なままです。護身用として持ってきたという可能性も、あの寝室にはブックエンドや火かき棒など重くて殺傷能力があるものがあったため除外されます。結論として「犯人は何か特別な理由があってマンドリンを凶器として持ち込んだ」という事になります。

ドルリー・レーンの推理
  • 犯人による目くらまし、偽装は全て真の目的を隠すため
  • ルイザの毒殺計画は犯人の偽装
  • 毒殺計画は偽装なのに関わらず犯人は計画的に凶器を持ち込んでいる
  • この状況下で犯人が凶器を持ち込んで殺せる相手はエミリー・ハッターただ一人

レーン氏の推理を帰化されて、サム警視とブルーノ検事はこれまでの捜査をあらため、ルイザではなくエミリーを殺す動機を探す方向にシフトしなければと考えます。そしてエミリーを殺す動機がある人間も、ルイザを殺す動機がある人間ばかりだと容疑者を絞っていきます。遺言書の通りにバーバラがルイザの後見人になるかどうかで動いたほうがいい、また遺言書の内容からルイザの命が本当に狙われると推理。ルイザ殺害とエミリー殺害の犯人が変わってくる可能性も考え始め、ハッター家を警察の監視下におき、実験室の残った毒物も全て撤去する必要があると。レーン氏は監視下は賛成しつつ毒物の撤去は否定します。犯人がくすねにやってくるかもしれないからと。
ブルーノ検事は、毒殺未遂犯とエミリー殺害犯がどうして同一人物だと考えたのかレーン氏に尋ねます。レーン氏は動機に理由が付かなくなるからと答えつつもその理由を話し始めました。寝室の床にタルカムパウダーがばらまかれて足跡が残っていて、足跡は一人分の足跡しかなかった(ルイザは除外)といったあと、マンドリンがパウダーの上に置かれていたことも話し、二人ではこれらに説明が付かないと話しました。

ペルーバルザム

翌日、レーン氏は検死官のシリングが在籍するニューヨークの研究所に足を運びます。毒物のスペシャリスト・インガルス博士とも握手しつつ、レーン氏はシリングにルイザが嗅いだ「バニラの匂い」に心当たりがないか尋ねました。アイスクリームなどのお菓子や蘭の香り、思い当たる者全てを試した結果、見当たらなかった、だから二人の知恵を借りに来たと。そこにインガルスが「薬品はどうだろうか」と話に割り込めば、レーン氏はそれですと頷きました。バニラ自体に薬効はないがヒステリーを起こした人物に刺激物として香りを出すこともあるとシリングが考えを口にすると、インガルスは思いついたように何かを探しに行きました。その間、レーン氏は爆発する前の実験室にあった薬品の匂いをひとつひとつ嗅いで確かめればよかった、気がついたときには爆発して調べようが無かったとシリングに後悔の念を話していました。
戻ってきたインガルスは小さなアルミの入れ物を持っていました。蜂蜜のような無害のそれにレーン氏が鼻を近づけると、バニラの香りがしました。この薬品はペルーバルザムといってどの家庭でもある物質、用途はローションや軟骨の材料に、それらの多くは皮膚炎の治療に使用するものだと二人は説明します。こんなものが何に役立つのかと首を傾げるシリングとインガルスに対し、レーン氏は何かを思いついた様子で二人に堅い握手をして研究所を後にしてメリアムの診療所に向かいました。

メリアムの診療所で一時間ぐらい待った後、レーン氏は診察室に入ります。看護師が退席した後に、レーン氏はメリアムに「ペルーバルザムを調合した皮膚炎の薬をハッター家の誰に処方したのか」と尋ねます。絶対にあり得ない、と漏らして患者のことだから答えないと言いますがその反応からレーン氏はヨーク・ハッターに対して処方したのではと答えます。誰にも言わないでほしいとヨークは強くメリアムに口止めしていました。ヨークが別件で診療所に来た際、発疹の経過について尋ねたところ、定期的に再発するのでメリアムの軟骨を塗っていると答えたようです。ヨークは薬剤師の資格もあったので自分で調合して包帯を巻いていて、このことはマーサも知っていて彼女も包帯を巻くのを手伝っていた模様です。ヨークにとってマーサはハッター家の血を引かない唯一の部外者のため、秘密を打ち明けられるたった一人の人間でした
そしてレーン氏はメリアムにもう一つ、ハッター家のカルテを見せてほしいと望みますが医師としての責務、倫理からそれはできないいい加減にしろとメリアムはぶち切れます。それにレーン氏も怒り、自分が耳が聞こえないからと目も見えないと思っていたのか。貴方が隠すのは自分があの一家の重大な秘密を知るのを恐れているからだと暴き立てます。レーン氏は予想が付いてしまっていたといいながら、バーバラ達子供の心身に異常が出るのか、ヨークは自殺したのか――――――その災厄の根源はエミリー・ハッターにあり、彼女から感染したトマスは死に、二人目の旦那のヨークも感染、子供達にまでその病を浸透させてしまっていました。エミリーの解剖死体には、痕はほぼ無くメリアムの治療で完治していました。マーサのカルテはないものの彼女はコンラッドの持つ病を知ったため、彼を蔑み憎んでいます。メリアムは今回の事件に関して、ハッター家の人間が犯人でもおかしくないと話し、「化学を信奉し良識を持つものならば、ハッター家の人間に道徳的責任を負わせようとはしない、彼が悪いのでは無く彼らを蝕む病気のせいなのだから」とレーン氏に忠告します。対してレーン氏はそうならないことを願っていると答えて診療所を後にしました。

数時間後にレーン氏はハッター家に足を踏み入れます。出会ったジョージ・アーバックルにサム警視たちをヨークの実験室に来てもらうよう連絡して自分は先に実験室に向かいます。ヨークの目録の最新ページには寒天の下にペルーバルザムが追記されていました。警視が来た後もレーン氏は薬品棚をある程度動かして整えると、警視に向き直りマーサを呼んでくるよう伝えます。やってきたマーサは以前より更にやつれていました。レーン氏はマーサに、ヨークはかつて皮膚炎のようなものを患っていたのかと尋ねると彼女はびっくりして飛び上がります。メルアムとヨークと自分しか知らなくて、包帯を巻くのを手伝うように頼まれたからだと。使用していた軟骨の名前は覚えていないが場所は覚えていると、薬品棚の中央部分に手を伸ばしてつま先立ちして街灯の瓶を取り、レーン氏の命令で中を開けて匂いを嗅ぎます。しかしその中身は違っていていて、事実に気づいたマーサは口を紡ぎます。レーン氏に「バニラの匂いだったのでは無いか」と尋ねられてたマーサは呆然として部屋から出て行きました。

名優はひとり動く

更に翌日。バーバラの部屋に入ったレーン氏は、バーバラに最初の時に聞いたときの続きで、ヨークは探偵小説を書いたことがあったか、と尋ねます。すると彼女はレーン氏に酷く感銘し頷きながら、レーン氏は信用できると述べて、去年の秋頃、ヨークが確かに自分に相談しにきたので、自分のエージェントを紹介したと話します。どんな小説なのかバーバラがしつこく聞くので、誰にも言わない条件でヨークは探偵小説を書いていると答えました。レーン氏に言われるまでヨークが探偵小説を書いたことを忘れていて、ヨークがエミリーに話すような事は無く、自分以外の弟妹は面白がって言いふらすだろうと彼らを蔑みながらバーバラは答えます。バーバラもヨークの探偵小説の原稿を見たことが無く、あるならば化学室のどこかだろう、そしてエージェントに相談は来なかったと答えました。

実験室に入ったレーン氏は、中で見張りをするモッシャー警察官に、責任は全て自分が取るから少しの間煙突にいてほしいと懇願します。仕方なくモッシャー警察官が上に向かった後、レーン氏は暖炉の中を探索します。すると上のレンガがひとつ外れ、レンガの空白の部分に犯人が掘り進めた小さな入り口がありました。手を伸ばせば折りたたんだ数枚の紙と、コルク栓された何か液体が入った試験管。降りたレーン氏は実験室で数枚の紙を広げて読み始めます。これがハッター家の事件の捜査のターニングポイントでした。

レーン氏は実験室から出て、アーバックル夫人にパンと牛乳を求めます。トレイを片手にレーン氏は牛乳を少しずつ飲み、アーバックル夫人が見えなくなると急いで実験室に戻って鍵をかけました。暖炉の穴に置いたままの試験管を持ってきます。そして薬品棚の中から試験管を取り出して水で洗い、残っていた牛乳を先程回収した試験管と同じ量で試験管に入れてコルク栓で閉じると、暖炉の穴に戻します。レーン氏は明らかに怪しい試験管の中身をすり替えたのです。用事は終わったからと煙突にいるモッシャー警察官を呼びました。この屋敷の食べ物に毒は無いような素振りでパンをもしゃもしゃ食べるレーン氏に、モッシャー警察官は酷く驚いたのです。

警察署に向かったレーン氏はサム警視やブルーノ検事に会います。エドガーは未だに沈黙を続け、バーバラは弁護士を呼ぶと怒っています。警視は自分の父親がかつて別れた女性に梅毒を感染されて死んだのを動機にエミリーを憎んでいる、だから犯人はエドガーだと決めつけています。レーン氏はこれに反発し、証拠がないといい、またエドガーのような人間は捕まらずに死を選ぶだろうとシェイクスピアの作品を引用してエドガーを擁護します。そしてレーン氏はひとつ重大な証拠を見つけたが、これの入手先を絶対に聞かないでほしいと堅く念押しします。
二人が頷くとレーン氏は、生前ヨーク・ハッターが書いた探偵小説があり、この探偵小説梗概とほぼ全く同じ人物が現実に登場し、かつこの梗概の筋書き通りにハッター家の事件が起こっていたことを打ち明けるのです。これにはサム警視も痙攣して驚き、そんな馬鹿なと叫び考え、考察し、捜査について考えせわしなく歩きます。帰宅するレーン氏に向けて、警視はどんな探偵小説にも犯人がいるはずだ。ヨーク・ハッターの探偵小説は家族を登場人物に使った、もしそれなら誰が犯人だったのかと訊ねます。サム警視は知る権利があるからと、レーン氏はこう答えます。「ヨーク・ハッターの探偵小説の犯人はヨーク・ハッターだった」

バニラ殺人の謎(仮題)

ハムレット荘に戻ったレーン氏は入浴したのち、部屋にこもって実験室で見つけ書き写した数枚の紙を机に広げます。レーン氏がヨーク・ハッターの実験室の隅から見つけた探偵小説梗概。梗概(こうがい)とは、小説や戯曲の内容を大まかにまとめたものでいわゆる「あらすじ」です。さきほどサム警視に、「ヨークは自分の家族を登場人物にした」「ヨークの書いた梗概通りに様々な事件が起きていた」と話したようにこの梗概が全ての動機であり事件のきっかけでした。

第一の事件

ルイザの毒殺事件について。この家には決まった習慣があり、午後二時半に家政婦が作って食堂においたエッグノッグをルイザが飲みに来る。犯人Yはエッグノッグが置かれるのを待ち家政婦がいなくなった隙に食堂に忍び込んでストリキニーネをエッグノッグに投入して隣の図書館に引き返す。このストリキニーネはYの薬品棚にあるものでYは3錠持ち出した。その後Yは図書館でルイザが飲むのを待ち、彼女が食堂に入ったとき急いで食堂に入り、エッグノッグのグラスを持ってなにかおかしいと首を傾げて少し飲む。飲むと吐き気がするがYは自分以外の人間が仕組んだと思わせる。

注意することは、ルイザが飲む前にエッグノッグを飲むこと。犯人が自分が仕組んだ毒入り飲み物を飲むはずがないからだ。

そして。梗概といいつつ行動パターンの理由や動機など事細かに書かれているため、ヨークが几帳面な性格という裏付けにもなります。A型でしょう。

第二の事件

第一の事件から七週間後、ルイザの母でありYの妻である老女エミリーが殺される。ルイザとエミリーは同じ部屋でベッドを並べて眠っている。寝室に入ったYはまずテーブルの果実鉢に毒を注入した梨を入れる。梨がエミリーの苦手なものだとこの家のものなら誰でも知っていて、ルイザが傷んだ果実を絶対に食べないとYは知っているため。だから傷んだ梨を厨房からくすねて薬品棚にある塩化水銀(Ⅱ)を注入する。そのときにYはコンラッドの靴を盗みその靴に塩化水銀を少量垂らす。

果実鉢に毒入り梨をいれたYは、鈍器でエミリーの頭を殴って殺害する。エミリーの殺害こそ、事件の真の目的でルイザの二度の毒殺偽装工作もすべて警察の目をそらすため。警察はルイザ殺害の動機に該当する人間に当たり、Yとルイザは親密なので容疑者として外れる。

コンラッドの靴に塩化水銀(Ⅱ)を多少垂らし元あった場所に戻すことで、靴を発見した警察はコンラッドを犯人として考える。コンラッドがルイザを嫌っているのは周知の事実。

Yはペルーバルガムの軟骨を塗って包帯を巻いている。嗅覚と触覚に優れたルイザは、殺害現場中に目を覚まして犯人のバニラの匂いを手がかりとして警察に伝える。主役の探偵はルイザの証言を元に匂いの元を追い続け、関係者の中でバニラの匂いに該当するのは犯人Yだけという真相に辿り着くようにする。

この梗概通りに何もかも進んでいる事実に気づいたレーン氏の心情、察します。全てはヨーク・ハッターの掌の上。

火事

エミリーが殺害された日の夜、Yは実験室(Yの部屋でもある)に火をつけて放火する。

薬品棚から二硫化炭素の瓶を取り出してベッドの上に置く。そしてマッチで火を付ける。二硫化炭素は熱を近づけると爆発する劇物である。火事の目的は、火を起こして更に爆発させることで、第三者がYの命を狙っていると周囲に思わせ、身の潔白を証明するため。

犯人が火事を起こした理由がここで発覚。

第三の事件

エミリーの死後から二週間後、Yは再びルイザの毒殺未遂事件を起こす。フィゾスチグミンという薬品棚にある薬品を使う。この薬品は白色の液体。ルイザは夕食の一時間後にバターミルクを飲む習慣があるので、そのグラスにフィゾスチグミンを15滴垂らす。Yはルイザが毒入りバターミルクを飲む直前にあやしいと思って代わりに飲む。
これはルイザを殺す為ではなく、あくまでエミリーではなくルイザを狙った犯人の行動だと警察に思わせてルイザを殺す動機がある人間を探させるため。

ヨークの探偵小説の注釈
  • Yは指紋を残さないように常に手袋をしている
  • 物語の脇筋をもっと練る
  • 主役の探偵が真実に辿り着くまでの過程をしっかりと練る
  • 犯人Yの動機はエミリーに対する憎しみ。彼女はYの一生を破滅させ健康を蝕み全てを押しつぶした。現実で事件が起きてもおかしくない十分な動機
  • 登場人物は全て架空の名前と設定にしてハッター家がモデルだとわからないようにする。舞台もニューヨークからシカゴ、サンフランシスコ等他の街に変更してよい
  • 主役の探偵は、化学的知識があるなら医師にしてYの友人にする?演算的推理ができる知的な探偵にする。たとえば見た目はシャーロック・ホームズ、雰囲気はエルキュール・ポアロ、推理法はエラリー・クイーン。あまり薬品の箇所で難しくならないように、見せ場は実験室の調査にする

読み終えたレーン氏は写しを放り投げて深く深く考えます。数十分後、考えをまとめたレーン氏は二週間後か、と呟き該当するカレンダーの曜日を鉛筆で粗く◯しました。二週間後、ということで先程の探偵小説梗概の「第三の事件」が起きるのではないかとレーン氏はあらかじめ先手を打って行動していたからです。
個人的にヨーク・ハッターの小説の探偵役の設定が結構盛り盛りで好きです。有名探偵全部乗せっ!って感じで(そして一番肝心の推理法に自分を推挙しているのが草)。バーバラも少女時代にホームズを愛読していたと言っていたので親子揃ってドイルのファンだった可能性がありそう。

ドルリー・レーンの決意

覚悟を決め悲壮な表情のレーン氏は翌日インガルス博士たちがいる研究所に向かいます。彼はインガルスにフィゾスチグミンの毒性について尋ねます。専門分野のインガルスはウキウキと、フィゾスチグミンについて答えました。白色無味の有毒アルカロイドで猛毒。つる性植物アフリカ産マメ科のカラバル豆から抽出。医療においては神経障害、破傷風、てんかんの治療に使われるとのこと。レーン氏はインガルスにハッター家の暖炉の奥でみつけた密閉済の試験管を渡してこれはハッター家で見つけたもので、フィゾスチグミンか尋ねます。インガルスは軽く試験し、レーン氏から受け取った試験管のなかの液体はフィゾスチグミンだときっぱり言いました。
財布から取り出した処方箋の写しをインガルスにみせ、この処方は正しい処方か尋ねます。メリアムが処方しヨークが自分で調合していたペルーバルガムの軟骨です。インガルスは問題ないですねと話します。処方箋をインガルスに渡したまま、レーン氏は先程ハッター家で見つけたフィゾスチグミンの試験管を自分の名前で証拠品として警察本部に送ってくれと頼みます。この試験管は決定的な証拠品になるから必ず送ってくれと念押ししてレーン氏は研究所を立ち去りました。

梗概の通りならば二週間後がXデー。それまでは一切の事件がないため、マスコミはハッター家の事件を書きたい放題で警察への批判も強まっていきます。その当日となる二週間後の朝、レーン氏は警察に訪れます。サム警視はこの膠着の一週間ですっかり気落ちし疲労困憊で面構えが変わってしまい、レーン氏に会うときはまるで犬のように駆け寄ってきました。サム警視は隅から隅まで読み調べても事件解決につながらなかったと落胆していました。ヨークは身近に薬品棚もあって傍若無人な家族がいるのでうってつけだと探偵小説を書き始めた。しかし自分が実行する前に死んでしまっては意味がない(きっと書いているときは自分が死ぬとは全く考えていなかったはずだ)。そして筋書きを見つけた自分以外の誰かがこの梗概を手本として殺人事件にした。結局この梗概からわかったことはどこかの馬の骨がヨーク・ハッターの構想を盗んで事件を起こした、だから誰でもやれたと警視は言います。
そして警視はレーン氏の秘密主義について批判します。自分もブルーノもレーン氏に一定の信頼感を置いている。だからある程度好き勝手にやらせているが自分の忍耐がいつまで続くと思わないでほしいと。部外者のレーン氏の独断を指摘します。レーン氏からすれば警視たちが泣きついてきたから手助け手しているのにはしごを降ろされた気分だと感じていそう。レーン氏がこの二週間のハッター家について尋ねると、サム警視は専門家をおいているので毒殺に関する事件は起きていないと前置きし、一家は動いたと答えます。コンラッドは本性を表し、バーバラからルイザの後見人に関してバーバラと手を組もうと躍起になるも彼女は弟の企みを見抜き断っています。ジルは母親の暴言を叫びながら日々遊び回っていて、ビゲロー弁護士を捨てゴームリーを新たな愛人にしました。ビゲローは屋敷に寄り付かなくなったとのこと。ルイスはスミスの部屋から自分の部屋(エミリーと一緒の寝室)に戻って寝食を行うが、スミスがエミリーのベッドで一緒に寝起きしています。

レーン氏はサム警視に無理を承知で、願うようにハッター家の屋敷を見張っている全ての刑事、警察官を引き上げてほしいと依頼します。犯人を野放しにするつもりか、とサム警視は真っ向から反対。レーン氏はそれを望み、犯人に事件を起こさせようとしている。犯人を誰が捕まえるのかと聞かれればレーン氏は自分があの屋敷の人間に変装して捕まえると。自分の使用人クェイシーのメーキャップの腕は世界一の天才。くわえて自分は演じるのは初めてではないと自虐しつつレーン氏の提案を受け入れるのかサム警視に問います。警視は納得していないが、うんと気をつけて行うならやってみる価値がある、いつかは刑事たちを引き上げなければいないしとレーン氏の提案を飲みます。
レーン氏は釈放したエドガー・ペリーをもう一度警察本部に呼んで協力を要請したいと伝えます。やってきたエドガーは不安げな表情を見せますが、レーン氏が警察をあの屋敷から引き上げることが決定したこと、ただし警察以外の誰かが残る必要がある、一家に関係があって外出ができ疑われにくい人物でレーン氏と体格と顔つきが近いエドガーに白羽の矢が立ったと説明します。入れ替わりを渋るエドガーですが警視に押し切られると不服そうな顔持ちを見せながらレーン氏の入れ替わりを承諾しました。

警察車両でレーン氏のハムレット荘にやってきたレーン氏とエドガー。レーン氏は昔とった杵柄でエドガーの庭園、劇場、蔵書など館を案内します。レーンはエドガーにハッター家以外の話、彼が愛するシェイクスピアの世界を雄弁に語れば、エドガーは目を輝かせてレーン氏と近代劇について討論し、ハムレット荘に住む人々に挨拶します。エドガーを接待しながらレーン氏はエドガーの仕草、食べ方、身振り手振り、喋り方、姿勢、歩き方を叩き込んでいました。同様にクェイシーもエドガーをじっと凝視し興奮しながら自分の作業部屋に向かいました。昼食後もレーン氏は庭園を案内しながらエドガーの身の上話とハッター家の付き合い方へと誘導し、バーバラとどんな事を話し合っているか、あの子供二人の教育方法、ハッター家との距離感などを聞き出していました(途中から気分が良くなったエドガーも子供二人それぞれの教え方、ハッター家でどうやって日常を過ごすかなど教えてくれた)。
夕食後、クェイシーの作業部屋に入ったエドガーは現実に引き戻された感覚を味わいます。エドガーはクェイシーに追い立てるように服を脱いでガウンを着て、その服をレーン氏が来ます。二人の体格は一致して問題ありません。カツラを被ったあと、クェイシーが作成した顔のメーキャップをレーン氏がはめるとシワのたるみまできっちり再現する寸分違わないエドガー・ペリー本人。エドガーはもう一人の自分が目の前にいる恐怖を覚えてやめてくれやめてくれと喚きます。クェイシーの腕を甘く見ていたのかもしれません。これではバーバラまで騙してしまう、彼女が奪われてしまうと―――エドガーはバーバラなら己の変装を見破ってくれるだろうと愛と希望を持っていましたが、これでは絶対見破れないだろう。そしてバーバラを引き込むのは危ない。

エドガーに拒否されたレーン氏は変装を解きながらエドガーをフォルスタッフに劇場に案内させます。二人きりになったレーン氏はクェイシ―に電話を持ってくるよう伝え、クェイシ―にサム警視宛に連絡します。警視は眠っていて細君は起こしたくない素振りでしたが警視はおきて細君と電話を代わります。ハッター家の警察官の見張りは変装完了したら引き上げる予定だったのでまだ引き上げていない。エドガーの変装入れ替わり案はやめたので引き上げるのは明日自分が向かうからその時まで待ってほしい。理由はまだ伝えられないと。そしてメリアムの診療所に電話をかけると、メリアムは午後にニューヨークを離れて戻ってくるのは週末だとクェイシ―がレーン氏に伝えます。レーン氏は落胆するが看護師にお礼を伝えつつ切ってくれとクェイシーに言った後、もっといい方法があるとひらめきました。

フランケンシュタインの目覚め

翌朝エドガーを伴ってレーン氏はハッター家にやってきます。警察が見張りにつく生活に慣れてしまった彼らはこの二週間何も進展がない警察を罵倒しますが、本日正午をもってハッター家から見張りを引き上げることを伝えると彼らは大喜び(特にコンラッドとジル)。さあ御暇するぞと警察官が出ていくときに誰かが倒れる音がしました。倒れたのはドルリー・レーンでした。
レーン氏の体がドサッと倒れた音に呆然する中、反射的に動いたのは毒物学者のデュ―ビン博士、続けてピンカッソン刑事が「急に体がつっぱり、顔を真っ赤にして口をパクパクさせたとおもったら気絶した」と叫びます。デュ―ビン博士は服を暴いて鼓動を聞きながら、水とウイスキーを持ってくるよう伝えます。コンラッドはブツブツいいながらウイスキーを取り出し、デュ―ビン博士はウイスキーをレーン氏に飲ませます。刑事が大急ぎで持ってきた水は躓いたのか全てレーン氏の顔にかかってしまいます。それが効果的だったのか、レーン氏は口から人間が出す以外の音を立て、口から泡を吹きながら何度も咳き込みました。デュ―ビン博士はレーン氏の容態はおそらく心臓発作で、毒物ではないと断言。すると騒ぎを聞きつけた他のハッター家の人間も駆けつけ、レーン氏の状況を尋ねます。デュ―ビン博士は毒ではないとジル達に話します。またレーン氏お抱え運転手のドロミオが野次馬をかけつけて中に入ってきます。ちょうどデュ―ビン博士がレーン氏を安静な場所に寝かせようと悪戦苦闘している最中で、ドロミオも手伝います。警察官たちは上(=サム警視)からの指示もなく、心臓発作なら自分たちには何もできないと思い当初の予定通りハッター家を立ち去りました。

二階の客室前の廊下にはレーン氏を心配するハッター家の人間がきています。デュ―ビン博士は明日もう一度容態を見に来ますからといい、ドロミオに面倒を依頼。そして廊下にいるハッター家の人間に向けて「絶対安静なのでここに近寄らないでください」と通告。なおこのときバーバラが機転を利かしてメリアムに来てもらうよう連絡したが彼が留守だったのを聞き、彼女はそれ以上出しゃばらないようにしました。夜六時頃、バーバラはアーバックル夫人にドロミオ用の軽食を作って持っていくように命令し、アーバックル夫人は苦虫を噛み潰した顔でドロミオに軽食を渡します。ドロミオは礼儀正しく受け取りました。その後スミスがやってきて自分も看護師だから手伝えることがあるだろうとやってきますが、ドロミオは彼女の提案を苦心して断ります一連のレーン氏の心臓発作は彼の演技でした。

STEP
夜7時30分:ドルリー・レーン「心臓発作」の演技中止

一連の騒動は問題なくレーン氏がハッター家に潜り込むため。絶対安静で客室には誰も近寄るなと言われているので基本的には誰も来ない筈。

STEP
夜7時30分:ドルリー・レーン、エミリー&ルイザの部屋に忍び込む

レーン氏はクローゼットの奥に忍び込む。空気穴と確認で少しだけ扉を開けている

STEP
夜7時50分:アンジェラ・スミス、ルイザの部屋から点字盤を回収

このときスミスは明かりを消している

STEP
夜8時5分:アーバックル夫人、バターミルクをルイザの部屋におく

バターミルク以外にも数個のケーキがトレイにおかれている。汗をかいている夫人は明かりを消さずにそのまま部屋を後にする。

STEP
夜8時12分:犯人がルイザの部屋のバターミルクに試験官の中身をいれる

8時9分。部屋の向かい側のブラインドに犯人が現れ、ブラインドを開けて窓から部屋の中に侵入。ドアを閉めると犯人は試験管とスポイトを手にテーブルの前のバターミルクを見て少しためらう。
しかしバターミルクを手にすると、試験管の蓋を開けてその中身を全て注いだ。犯人は窓から外に出るとブラインドを下ろす

STEP
夜8時15分:ルイザ・キャンピオン、バターミルクを飲みに部屋にくる

少し経過するとルイザがスミスを伴ってバターミルクを飲みに来る。スミスは浴室に向かったので姿がない。レーン氏はブラインドが降りた窓を見つめていると窓の外に犯人がいて窓にへばりついた鬼気迫る顔でルイスの口元を凝視している。バターミルクを飲み終えたルイスに体の変化はなく入浴のため服を脱ぎ始めた。

レーン氏は犯人の顔を注意深く見た。犯人は信じられないといた驚いた顔を見せるが、次はおぞましい程の落胆した顔をあらわにしたのち、すぐに窓から消えてしまった。レーン氏はスミスと入浴に出かけたので、その隙にレーン氏はルイザの部屋の忍び足で出ていった。

翌日の朝、レーン氏はこの一家の中で唯一レーン氏の容態を気にしてくれるバーバラに、ドロミオを通じてもう少しで良くなるからしばらくそっとしていてほしいと連絡します。朝十一時くらいに診に来たデュービン博士の診察を受け、もう大丈夫だとお墨付きをもらいました。昨夜から行動を練っていたレーン氏はドロミオと通じてヨークの実験部屋のクローゼットに入って目的の人物を待ちました。そして午後四時頃にその人物は実験部屋に訪れると、毒物と書かれた薬品棚を見ながら、部屋の隅に置かれていた小瓶を手にして中身をゆすがずにとある液体を瓶の中に入れてしめて実験室を出ていきました。クローゼットから出たレーン氏は犯人がどの毒物を持っていたか確認すると、犯人の後を追っていきます

夕方、レーン氏からの連絡を待つサム警視たちがいる警察にレーン氏から連絡が入ります。警視の顔の血管が蜘蛛のように張り巡らせ興奮した状態の警視はハッター家に向かいます。そして検事も彼の後を追いました。

マッド・ハッターの末路

日曜日の夕方、ハッター家の皆は思い思いの休息を取っていました。そこにレーン氏から連絡を受けたサム警視とブルーノ検事が駆けつけます。そして警視は、「あなたの運転手から話は聞きました。失敗したから手を引く」とレーン氏に確認を取ります。レーン氏は「実験は失敗した。私はこの事件から手を引きます。ロングストリート事件はまぐれだった」とハッター家の事件を解決できなかったことについて頭を下げ、自分がもうハムレット荘に引き上げるのでハッター家の人々の安全の確保をしたいと警視に提案します。警視も「で、降参ですか」といえばレーン氏はうなづきます。

話している最中、レーン氏はある一点を凝視して恐怖の色で顔を染めました。レーン氏の形相に、振り向いた警視が見た視界には牛乳のグラスが置かれたルイザとジャッキーとビリ―。そして飲み始める三人のうち、半分ぐらい飲むと体を大きく痙攣し石のように固まって倒れるジャッキーの姿がありました。
側にいたマーサは金切り声をあげて膝をついて何度もジャッキーに呼びかけ、即座に動いたサム警視はかつて彼の祖母がやった荒療治のように、手を口に突っ込んで何度も吐かせます。部下の警察官に医者を呼びにいけと言いかけるも、彼の腕の中の少年の体が大きくうねるとそのまま動かなくなりました。ジャッキーが死んだことは誰の目にも明らかでした。

レーン氏はジャッキーが亡くなった後も、自分の主義主張を変えることはせず「全て自分が間違っていた」「あの子が死んだのは私の責任だ」「私はそもそもこの事件に関わるべきではなかった」と警視に告げます。昨日の警察引き上げからなにも情報を教えてくれないまま引き下がるのは許さない、今回の事件の矛先と責任を担うのは自分だからせめて情報ぐらいよこせ。と警視も検事もレーン氏を止めますがレーン氏はドロミオと共にハッター家の屋敷を後にしてハムレット荘に引きこもります。ここのやり取りはどうみても何も教えないし伝えないし話さないドルリー・レーンが50000000000%悪い

マッド・ハッター家の事件は、ジャッキーが死にレーン氏が事件から身を引いたあとも警察はマスコミの罵詈雑言に耐えながら捜査を続けますが何ら進展もないため全面的に警察はハッター家から引き上げることで幕引きとなります。ジャッキーが埋葬された直後、エミリーによって繋がれていたハッター家はこの未来が見えていたように全員バラバラに仲違いし、ハッター家から去っていきます。コンラッドとマーサは離婚し、マーサは安アパートでビリーと住んでもう一度やり直すことを決意。ジルはゴームリーやビゲローや社交界の面々の前から姿を消しついに見つかりませんでした。バーバラはニューヨークから英国に旅立ち、釈放されたエドガーと結婚したと発表。トリヴェッド船長はめっきり老け込んで自宅の庭を放浪し、メリアムは職務上から事件については口を閉ざして診療を続けています。ハッター家の屋敷は窓も扉も板が打ち付けられて売りに出され、事件は迷宮入りとなりました。アーバックル夫妻はともかくコンラッドのその後が書かれていなくて草。絶対あいつは誰かの紐になろうとして失敗してるだろ
バーバラとエドガーの結婚三日前、ルイザが心臓発作で死亡したことが世間を騒がせました。彼女を診察したメリアムは心臓発作と断言し、警察から送られた検視官もそれに同意しました。
エミリーが残した遺産は誰が継いだのかも記載がないので全員自分の分は受け取ったか、受け取らずに放置したのかの二択かな。

事件から二ヶ月後、レーン氏の住む屋敷にサム警視とブルーノ地方検事が訪れます。ほとぼりが冷めた頃を見計らい、二人はレーンにハッター家の事件の真実を聞きに来たのです。あの場ではレーンは自分が敗北したからだと身を引いたが本当はどうなのか、と。そしてレーン氏は、ハッター家の名誉のために犯人の正体を黙っていたが、サム警視たちが犯人捕獲失敗を理由に降格されるなら自分は貴方のために犯人について告発するつもりだったと述べて、マッド・ハッター家の事件「通称”Yの悲劇”」の真実について話し始めました。

ゆきんこ

この事件の『黒幕』は誰ですかって聞かれたら、人によってわかれると思う。読んだ貴方は誰だと思いますか?

「Yの悲劇」のネタバレ

ここからは「Yの悲劇」のネタバレを含みます。名作故に長い!

エドガー・キャンピオン(エドガー・ペリー)は、父親トム・キャンピオンが継母エミリーに梅毒を感染されて死んだことでエミリー・ハッターを逆恨みし、名前を変えて復讐するために忍び込んでいました。しかしエミリーが死ぬずっと前にその気持は捨てきっていますが、彼は事件が起きても出ていくことができませんでした。それはバーバラを愛するようになったことが大きいのですが、それは本人のみぞ知ります。

タイトル「Yの悲劇」の「Y」は、探偵小説梗概に書かれた「Y」―――ヨーク・ハッターの頭文字からとっています。

「Yの悲劇」の犯人

もはや、真実に目をつぶるわけに参りませんでした。ジャッキー・ハッターこそが、梨に毒を注入し、ハッター夫人の頭を殴りつけたばかりではなく、エッグノッグに入れられたストリキニーネを盗み出し、ペルーバルサムの瓶に手を伸ばした者……すなわち、殺人者の条件すべてに当てはまる人物だったのです。

Yの悲劇 P456~P457

エミリー・ハッターを殺害し、ルイザ・キャンピオンに三度毒を盛り、ヨークの実験室を爆破した犯人はジャッキー・ハッターです。しかし彼はヨーク・ハッターの残した指示書(探偵小説)を元に、その通りに実行していたため、黒幕の一人はヨーク・ハッターです。そしてレーンは今回の事件の犯人はジャッキー・ハッター以外あり得ないと断言しました。

この「Yの事件」で最も重要視される箇所が「犯人ジャッキー・ハッターが祖父ヨーク・ハッターの書いた探偵小説(指示書・梗概・筋書き)のとおりに事件を起こした」部分でしょう。これは見立て殺人の中でも「筋書き殺人」と呼ばれる、書かれた内容のとおりに殺人事件が起きるというもの。日本では高木彬光氏の「呪縛の家(1950年)」が典型的な筋書き殺人で有名。
ただ「Yの悲劇」のジャッキーはその精神性未熟にヨークの探偵小説梗概には無かった子供ゆえのアクシデントも多数引き起こし(タルカムパウダー、頬を触れたルイザの指先、薬品棚の指先の跡)、捜査をますます混乱させていきました。

「Yの悲劇」の犯人の動機

本当はあなたも答えがわかっているのでしょう、警視。あの一家は梅毒の影に呪われているのだと。たった13歳の子供ですが、ジャッキーはあの祖母、あの父親の影響を受けて育ったのですよ―――(省略)老婦人はいつもジャッキーを手ひどく殴っていましたし、実際、殺されるたった三週間前には、ルイザの果実を一つくすねただけで鞭で叩いています。そしてジャッキーは母親のマーサが”早く死ねばいいのに!”というようなことを老婦人に向かって叫ぶのを耳にしました―――子供らしい憎悪が日々、積み上がり、頭の中の悪魔の声に飲まれた結果、たまたま見つけた梗概に、自分のもっともにっくき敵であり、母親の敵でもある”エミリーおばあちゃん”を殺すべきと書かれているのを読んだ時、これこそ自分がなすべきことだとあの子は信じ込んでしまったのですよ。

「Yの悲劇」 P473~P474

子供ながらのわがままでイタズラ好きな部分が他の子供よりも強いジャッキーと、母親のマーサが常に吐き続ける祖母エミリーへの憎悪の呪詛、そして祖母エミリーから受ける折檻の苦痛に耐えられなくなったところに探偵小説梗概を見つけエミリーを殺すべき相手と認識したこと、そして祖母エミリーから受け継いだ梅毒に犯されているから。精神的に未熟なジャッキーがヨークの探偵小説梗概を読み、エッグノッグの未遂事件を実行できたことで自信と犯罪衝動が強く膨らんでいき、フランケンシュタインとして成長してしまったからです。
ヨーク・ハッターの動機は探偵小説の梗概にあるように、エミリーに長年虐げられ蔑まれて押しつぶされてきたからです。完全にDVです。

犯人たらしめる証拠①:ルイザの触覚と嗅覚
ルイザの証言答え
指先ルイザよりも身長が低い
すべすべでやわらかい頬子供の肌
バニラの匂いペルーバルザム

最初のルイザの指先から身長がわかるのでは、と考えていたサム警視は当たっていたのです。あの時ブルーノ検事が横入りして「かがんでいたら身長はわからないだろう」と入ったことでてがかりを捨ててしまいました。前かがみでつま先立ちをして走る事は相当しんどいと再検証します。そしてタルカムパウダーの足跡から犯人はつま先立ちで逃げる予定だったがルイザに触られて驚き、走って逃げたことがわかります。足跡も十二~十三cm程度でかかとの痕がないため、真っ直ぐ立ってつま先立ちだったのが再証明されます。

ハッター家の関係者が全員集まった遺言書開封の時、レーンはハッター家の大人の中でルイザとマーサの二人が一番低くほぼ同じくらいの身長と判断しました。犯人はルイザの肩の位置で頬が触れたのだからルイザより身長が低いことになります。また使用人たち関係者も全員ルイザより背が高いので、消去法で頬に触れた相手はジャッキーかビリ―しか該当せず、ビリーはもっと低いので必然的にジャッキーのみになります。

ルイザが証言した「すべすべでやわらかいはだ」で、警視たちはまっさきに女性たちを連想しましたがレーンは「子供の肌もすべすべしていますよ」と概念を取っ払わせます。

ルイザの嗅いだ匂い「バニラの匂い」の正体はペルーバルザム。そしてこれはヨークがそれを調合して軟骨にした際、マーサはヨークを手伝っていました。レーン氏にペルーバルザムを聞かれた時、薬品棚の棚に爪先立ちで手を伸ばして瓶を取ります。このときレーン氏はこの屋敷の大人の中で一番背の低いマーサが手を伸ばせば最上段の棚に手が届く事実に気が付きます。実験室が燃やされる前、スツールの跡が床に残っていました。そして特定の薬品の下棚に引っ掻いた跡や指先があり、これはスツールなしでは届かない程に犯人の身長が低い事実を指し示します。

犯人たらしめる証拠②:指示書(探偵小説の梗概)の矛盾

ジャッキーは天邪鬼でわんぱくでやんちゃなクソガキ少年。エミリーから暴れまわるなと言われるとかえってムキになるもので、屋敷の中を探索していた筈。そして彼は煙突や暖炉の秘密を知り、ヨークが閉まっていた探偵小説の梗概を発見し、これを一所懸命解読します。十三歳故に本来の大人ならわかる言葉のうち半分以上はわかりませんでしたが、必要な箇所だけは理解できたのです。
そしてジャッキーが祖父ヨークの探偵小説梗概を見つけたのは、ヨークが自殺してエミリーの最初の未遂事件が起きるまでの二ヶ月間のどこかです。

暖炉の奥で液体が入った試験管と梗概を見つけたレーンは、ジャッキーを泳がせるために梗概を書き写し試験管の中身を安全な飲み物(=牛乳)にすり替えて、梗概といっしょにもとに戻しています。ヨーク・ハッターの探偵梗概を読めば読むほど、今回の事件での矛盾な部分や大人ならまずやらないポカミスが浮かんでいます。

矛盾点ジャッキーの行動大人ならこうする行動
果実鉢に毒入の梨をいついれる?部屋の「中」部屋の「外」
実験室に足跡が残っている足跡を踏み消すドアの方に足跡を残して侵入経路を隠す
ヨークが犯人と呼べる証拠忠実に実行手がかりになるものは全て省く
コンラッドの靴実際に履いて毒をかける履かずに毒をかけて元に戻す
実験室の火事実行無意味なので省略

エッグノッグや梨の毒殺未遂も、小説ならではの事件やトリック。現実の大人なら自分の身が危険になるのを避けるため、毒入りエッグノッグを自分が飲むのは避けるでしょう。ジャッキーは探偵小説梗概で「Y」が行ったことは全て自分が行わければならないと思いこんでいるため度胸と事情が許す限り忠実に実行しました。

犯人たらしめる証拠③:●器マンドリン

「Yの悲劇」で有名な部分がエミリー・ハッターの殺害に使用された楽器のマンドリン。見立て殺人でもその場にあったからでもなくトリックに使用したからでもありません。元々ヨークの探偵小説梗概には「エミリーの頭を鈍器で殴って殺害する」と書いてあります。大人なら鈍器の意味がわかるので問題ありません。ですが13歳のジャッキーには「鈍器」が解読できず意味がわかりません(もしかしたら辞書で意味を引いて鈍器は厚みがあって刃がなく尖っていないものだとわかって連想したものかもしれない)。

したがってジャッキーが理解できる文字「器」から連想するものにシフトした結果(鈍は捨てる)、子どもである彼の脳内で一番の馴染のある言葉「楽器」が出てきます。なおこの屋敷の中にある楽器は一階のマンドリンのみです(グランドピアノもあったけどエミリーが処分した)。ジャッキーは一階にあるマンドリンを手にしてエミリーを殴りました。

道徳?倫理?法?

レーンはジャッキーが犯人だと突き止めた後も警視達に伝えませんでした。ジャッキーが犯した大きな罪の責任を彼に負わせる事などできない、これは祖母エミリーの不道徳な罪(梅毒)の犠牲者だとレーンは深く考え、当初警視達に打ち明けるべきか悩みました。打ち明けた場合、警視達は法の番人ゆえにジャッキーを確実に逮捕し、然るべき年齢になったら殺人罪で起訴するに違いない。有罪判決でなくても精神異常判定を受けて病院で隔離生活を送ることになるに違いないとレーンは考えます。

探偵小説梗概を作ったのも死んだ祖父ヨーク・ハッターで、ハッター家に梅毒があるのも祖母エミリー・ハッターのせい。きっかけも計画もジャッキー・ハッターとは無縁で、むしろ彼は広い意味で犠牲者だと考えたレーンは、彼も救われるチャンス(更生の余地)があるはずだと、ジャッキーを試しました。探偵小説梗概に書いてあった最後に事件に使用するフィゾスチグミンを牛乳の入った試験管とすり替えて、万が一事件が起きてもいいようにと。警察に伝えると警察は実験部屋で見張ってジャッキーを捕まえるため、それを阻止する為にレーンは警察を引き上げさせたと言いました。そして探偵小説梗概にはこの毒殺においてルイザの命は絶対に狙わないと書いてありました。

ジャッキーは探偵小説梗概の行動に従いましたか?

従いませんでした。そしてルイザが飲むのを止めなかった。

次にジャッキーはどうしましたか?

ヨークの薬品棚から毒物を盗みルイザを今度こそ殺害しようとした

しかしジャッキーは梗概に書かれたとおりに動かず、ついに自分の考えで動いてしまいます。ジャッキーはフィゾスチグミンは15滴入れるよう記載があったにも関わらず、試験管の中身をすべてバターミルクの中に入れてしまった。その後にルイザがバターミルクを飲んだ時、彼女が死ななかったことに驚くも次になんで死ななかったと落胆の表情を見せます。そして翌日実験室に忍び込んで毒を盗みました。この時点でジャッキーは探偵小説梗概の操り人形ではなく、血と殺人に飢えた悪魔になってしまいました。これを見たレーンはジャッキーを見逃せば彼が殺人鬼として成長していくと示唆しました。

ジャッキーが犯人だと世間に明かせば母親のマーサはもちろん、ジャッキー自身も年相応のバッシングを受けるでしょうと、レーンは考えて彼ら親子の名誉を守るために動きました(ここで父親のコンラッドが出てこない辺りお察し)。そしてジャッキーはルイザを殺すつもりの毒入牛乳を飲み、自ら死んでしまったのです。どうしてルイザ用の毒入り牛乳をジャッキーがあやまって飲んでしまったのか―――――サム警視は疑問を投げかけますが、ブルーノ検事は理解したらしく、レーンは疲れているし、早くニューヨークに引き上げようと言いました。

「グリーン家殺人事件」との類似性は?(※※グリーン家殺人事件のネタバレを含みます※※)
  • 大家族もとい一族のなかでおきた、館モノ
  • 消えた凶器と残った足跡
  • 警察を振り回す探偵
  • 一族同士で憎み合っている
  • 当主が残した奇妙な遺言書
  • クローズド・サークルではない
  • 犯人が一族の中で下

「Yの悲劇」のまとめ

最後の幕引きってありなの?

オチも含めて日本人好みの作品だと思いましたし私も最後までワクワクしながら読みました。本当にすごく面白かった。余韻と、読者に全てを委ねる終わり方がまさに日本人好みだと思ったのですがどうなんでしょうか。でもレーンの独断のあれそれは賛否両論ありそうだなと思います。舞台裏のトリックが全部明かされていく感じは数学や方程式を解明していく流れに近しいので「おおお」っとドキドキしますが、そこまでわからないときついぜ。
探偵レーンの「悲劇4部作」は、「Zの悲劇」「レーン最後の事件」と続き、「レーン最後の事件」で幕を下ろします。Yの悲劇とZの悲劇で十年以上時間が経過している他、サム警視は引退し私立探偵を開いて彼の娘ペイシェンスが相方を努めたり、レーンがめっきりと老け込んでいたり、作中が一人称だったり、舞台がニューヨークではなく片田舎だったりと「Zの悲劇」はシリーズでも異質な存在です。個人的に「レーン最後の事件」の彼の行動はこの「Yの悲劇」がきっかけだと思った。

個人的にマーサには真実を伝えて置くべきではなかったのかと思いました。それがたとえ残酷すぎる真実でも。令和の時代なら犯人と動機全てを伝えている探偵が多いのかな?

読みやすさ
読みにくい
読みやすい
トリック
解らない
解った
登場人物
俯瞰的
没入感
犯人
見当がついた
つかなかった
動機
被害者に同情
犯人に同情

この悲劇シリーズにリスペクトやオマージュを捧げた、日本のミステリー作家たちが多く存在します。いちばん有名なのは夏樹静子氏「Wの悲劇(1982年)」でしょう。薬師丸ひろ子主演で映画化している以外にも、1983年・1986年・2001年・2010年・2019年の計5回ドラマ化しています。ドラマで間違えやすいのが稲垣吾郎主演の2005年ドラマは「Mの悲劇」。日本でも「Yの悲劇(1978年)」で石坂浩二氏主演でドラマ化していますが設定は日本版に置き換え済。DVDが発売しているので気になった人は買おう。

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今回の画像はPixaboyからお借りしました

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