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【ネタバレあり】横溝正史・長編「本陣殺人事件」を紹介

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本陣殺人事件は金田一耕助シリーズ最初の事件です。元々金田一耕助は単発作品にするつもりでしたが、当時の雑誌編集者より次の話(※獄門島)も書いてと依頼を受け、探偵役を考えるのが面倒だったので金田一耕助&磯川警部を起用したという経緯があります。
昭和を駆け抜けた金田一耕助ですが、昭和20年前の事件――――戦前の事件はこちらのみ。20年前の事件!○年前の事件!で戦前の事件がでてきますが、そちらは担当してないので^^;;

本陣殺人事件は日本家屋での密室殺人や、その現場の独特さや、地方の旧家!日本刀!新婚○○も相まって知名度はありますが、実写化は犯人の動機のせいか割と少なめです。令和の時代にやろうものならそこを改変するかと思いますが、戦前の価値観を示すなら動機は変えちゃいけないよね、というジレンマ。映像化は中尾彬氏主演の映画と片岡千恵蔵氏主演の映画の計2本、テレビドラマが古谷一行氏主演のものが2本、片岡鶴太郎氏主演のものが1本で計3本、舞台が1本制作されています。俳優のギャラの関係か次男の隆二がオミットされているケースが多い中(片岡千恵蔵氏の映画は隆二がいる)、舞台は兄弟全員揃ってますね。
1977年古谷一行さん主演の本陣殺人事件は名作だと名高いです。古谷一行さん主演のドラマでは磯川警部・等々力警部の代わりに河合警部というオリジナルキャラが登場しています。

中尾彬主演本陣殺人事件
長尾文子作画本陣殺人事件
JET氏作画本陣殺人事件(車井戸はなぜ軋る収録)
目次

本陣殺人事件のあらすじ

江戸時代からの宿場本陣の旧家、一柳家。その婚礼の夜に響き渡った、ただならぬ人の悲鳴と琴の音。離れ座敷には新郎新婦が血まみれになって惨殺されていた。枕元には、家宝の名琴と三本指の血痕が付いた金屏風が残され、一面に降り積もった雪は、離れ座敷を完全な密室にしていた……。
アメリカから帰国した金田一耕助の、初登場作品となる表題作ほか、「車井戸はなぜ軋る」「黒猫亭事件」の2編を収録。

本陣殺人事件 あらすじより
登場人物作中の役割
金田一耕助私立探偵。銀造の要請で一柳家に
磯川警部(磯川常次郎)岡山県警。のちに旧友兼相棒に
久保銀造アメリカ帰りの果樹園長。金田一のパトロンの一人
久保克子銀蔵の姪で一柳賢蔵に嫁ぐ女性。事件の被害者。非処女。
一柳賢蔵一柳家当主で気難しい男性。事件の被害者。類を見ない潔癖症。
一柳隆二一柳家次男で医者。婚礼には来ない予定だった
一柳三郎一柳家三男でニート。探偵小説が好き。
一柳妙子一柳家長女で事件時は上海にいた
一柳鈴子一柳家次女で病弱。琴の腕は天才。今で言うギフテッド持ち。
一柳糸子先代未亡人で五人の子供の母親。一柳家を守っている
一柳作衛先代一柳家当主。殺傷沙汰の傷が元で死亡した
一柳良介賢蔵の従兄弟で一柳家をある程度取り仕切っている
一柳秋子良介の妻。
清水京吉三本指の男。賢蔵夫婦を襲った犯人とされる。一柳家に用があったのではなく道順を聞いただけだった。
白木静子克子の親友。女学校の先生をしている。
田谷照三克子の元彼で処女を奪った男

本事件は作者が、事件に詳しいF氏から聞いた「一柳家の妖琴殺人事件」を書いているという体裁を採っている。そのため最初にどんな事件だったのか、金田一耕助なる人物はどのような人間かが事細かに書かれている。事件のあった部屋は柱、天井、雨戸も全て紅殻で塗られていて赤い。これは既存の作品だと「黄色い部屋の秘密(ガストン・ルルー)」が現場の雰囲気として最も近いと書かれている(これも密室殺人)。密室殺人ということでディクソン・カー氏の名前があがるが、真相を聞いた後は「カナリヤ殺人事件(ヴァン・ダイン)」「プレーグ・コートの殺人(ディクソン・カー)」「エンジェル家の殺人(ロジャー・スカーレット)」などをあげている。

日本家屋での密室やその当時の専門用語も多数登場。琴柱、ルンペン、こざる、刀自等々。

黄色い部屋の秘密(ガストン・ルルー)
カナリヤ殺人事件(ヴァン・ダイン)

一柳家の婚礼

昭和12年11月23日。一柳家の当主賢蔵氏の結婚で周辺の村は活気に湧いている。そこの店にマスクをした三本指の男が水を欲しいと求めてくるので女将は気味悪そうにしながらも水が入ったコップを渡した。男はそれを飲みコップを返していなくなると、女将はあからさまに気色悪い素振りを見せこのコップは二度と使えないと奥にしまった。
一柳賢蔵の結婚相手は身分と格式が高い女性ではなく、賢蔵がこの女性だと押し切った女性、久保克子。戦前かつ由緒正しき家柄の一柳家が、果樹園を成功させているとは言え小作人の娘風情が、と一柳家の未亡人、糸子刀自は反対していたが、反対すればするほど賢蔵が意固地になったため、糸子刀自が折れるしかなかった。一柳家の嫡男の嫁は代々婚礼の儀で琴を弾く習わしになっているのを結婚直前で糸子刀自が述べたのだから、賢造はもっと早く言ってほしいと母親に怒りを見せた。克子はピアノは弾けるが琴を弾けるかは不明。もっと早く共有してくれれば克子も練習できたものを、と賢造と糸子刀自が険悪になる。妹の鈴子が私が代わりに弾けばいいんじゃない、と折衷案を出したので鈴子が弾くのならと納得。
ちなみに糸子刀自の「刀自(とじ)」は下記の1~4の意味に別れ、今回は「1」の意味になる。

《「戸主 (とぬし) 」の意で、「刀自」は当て字》

  1.  年輩の女性を敬愛の気持ちを込めて呼ぶ称。名前の下に付けて敬称としても用いる。
  2.  一家の主婦
  3. 宮中の御厨子所 (みずしどころ) ・台盤所 (だいばんどころ) ・内侍所 (ないしどころ) などで雑役を勤めた女官。
  4.  貴族の家に仕えて家事を扱う女性。
刀自とは?(Goo辞書)

そんななか、鈴子が大事にしていた猫が亡くなり、賢蔵の従兄弟の良介が白木の箱で墓を作って鈴子に渡す。鈴子は猫の遺体を墓に入れて埋葬した。その際良介は、三本指の男がこの近辺を歩いているのを見かけ、気をつけた方がいいと促す。その男は顔に傷があってマスクをしていた。

11月25日。賢蔵と克子の婚礼は内々に行われ、参加するのは一柳家の家族以外では一柳家の大叔父ぐらいで賢蔵の弟の隆二は不参加、克子側は叔父の久保銀造ぐらいだった。
結婚式は内々でも村人達への振る舞いはしっかりするのが習わし。台所が忙しなく動き回っている夕方6時頃、ルンペン姿の怪しい男が女中に声をかけてきた。手紙を賢蔵に渡してほしいと言付け、さっさと姿を消した。その男は手が曲がっているように見えた。結婚式直前の賢蔵に渡せば、彼はそれを読んでビリビリに破いて袂に入れた。

ルンペン: lumpen)は、本来はドイツ語襤褸(ぼろ)のこと。転じて、以下の意味で使われる。

ルンペンとは wikipediaより

花嫁側の銀造は農村の格差を厭って程解っているため、一柳家との結婚を悩んだが妻の「兄さんが生きていればきっと喜んだのではないでしょうか」という言葉にハッとなって了承。克子のために着物や引き出物など金に糸目を付けず用意し、美しい花嫁姿の克子に涙をこぼした。その後の宴もたけなわ、深夜24時に酒に酔ってくだを巻き新郎新婦に嫌みを言っている大叔父の伊兵衛を三郎が一緒に送っていくところで外が大雪になっていることに一同は気づく。新郎新婦が離家に引き上げ、床盃をしたあとに克子が琴を弾いた。終わったのが深夜2時ぐらいになり、琴は秋子が床の間においた。

婚礼の夜の大惨事

克子の叔父の銀造は客間でぐっすり休む。彼は今回の婚礼で相当気を遣っていた。台所ではまだ唄が聞こえ、なかなか眠れずうとうとしていた銀造だが、4時頃ただならぬ悲鳴を聞いた。それも一度ではなく、二度三度。男とも女とも解らぬその悲鳴だが、銀造は離家だと理解。シャツに腕を通して向かうときの時計は朝4時15分。そのとき、13本の琴の糸をやたらめったらひっかく音が響き渡る。
外に出れば雪は止んでいるものの積もっていた。雪を踏みながら離家に向かう銀造のところに悲鳴と琴糸の音を下男の源七も合流し、ともに向かう。同じように悲鳴を聞いた糸子刀自や鈴子、良介夫婦も集まってきて、源七が斧で離家の戸を壊す。いの一番に入ろうとした良介の肩を銀造が掴み、引き戻す。銀造は良介と源七だけを連れて離家に入っていく。「足跡は誰も見えない」と銀造は、足跡の痕跡がなかったことを口にする。そして雪が降り積もった庭に突き刺さる日本刀を見た良介から悲鳴があがる。源七が近づこうとするも銀造がまた止める。賢蔵と克子の名前を呼ぶも返事はない。
閉じた雨戸を壊そうとしたとき、トイレの方から人の気配を感じ大声を上げる。(ここで出てくる「こざる」は雨戸の裏の木の鍵)出てきたのは水車小屋で米をつきに来る周吉という下男。彼もまた琴のかき鳴らした音を聞いたという。周吉は誰も怪しい人を見ていないという。銀造たちが雨戸を壊して部屋の畳の間に入れるが、その血なまぐさい光景に立ちすくんだ。

賢蔵も克子もズタズタに斬られ、血まみれになって倒れている。部屋の中にあるなにもかもが血まみれで、嬉しい初夜はどこにいったのか。そして壁に三本指の跡。銀造は腰を抜かした源七に、医者と警察を呼んでくる&雨戸よりこちら側には誰も入ってこないようにというと、自分は凄惨な光景を見つめていた。

この一柳家の妖琴事件を作者に教えてくれたのは、これを担当した医者のF氏。F氏は事件に興味を示していて事細かに詳細をメモし覚え書きを作っていた。源七が医者と警察を呼びに行った際、医者のF氏はすぐにかけつけたが、警察は駐在→町→県と伝言リレーになったため、警察が揃ったのは昼の12時ぐらいだった。この事件の担当は磯川警部。足跡はないのに東に抜ける裏山の方には履きつぶした靴の後は残っている。関係者から事情聴取をした磯川警部は、犯人は東から近づき日本刀を持って押し入れに潜み、新郎新婦の初夜の息遣いを聞いていた。そして気を見て押し入れから出ると克子を滅多刺しにすると、その音で賢造が起きるが彼も滅多刺しにするとう推理を立てるがそこで止まってしまう。雪の上に足跡がなかったため、犯人はどうやって離家から出たのだろうかと。

一柳家には、大叔父の伊兵衛を送り届けてきた三郎が帰ってきた。連れを伴って。それは福岡にいて婚礼の儀には参加しない次男の一柳隆二だった。隆二は学会が早く終わって賢蔵にお祝いを言おうと思って大叔父の伊兵衛の家によったところ、源七がやってきて三郎と一緒に帰ってきたという。糸子刀自のもと隆二と銀造は挨拶するが、部屋に戻った銀造は「あの男は嘘をついている」とぼそりと言い、頼信紙を取り出して「克子死ス 金田一ヲヨコセ」という電報をうちに郵便局に向かった。

生涯の仇敵と三本指の男

磯川警部は部下の刑事と、賢蔵がビリビリに破いたメモを貼り合わせていた。女中がルンペン姿の伊怪しい男から受け取って賢蔵に渡したのを思い出して報告したためだ。知恵を出し合い、読み解くとこんな内容だった。そして金田一を呼んだ銀造はひたすら無言で煙草を吸い、じっと一柳家の様子を観察している。

「島の約束近日果たす。闇討ち不意打ちどんな手段でもいいという約束だったね、君のいわゆる『生涯の仇敵』より」

本陣殺人事件 P58

賢蔵が最近どこかの島に旅行したか尋ねると、若い頃は旅行好きだったので出かけていた可能性もあると隆二が答える。磯川警部が読み上げると反応したのは三郎で、彼は兄の書斎の日記に最後の「生涯の仇敵」が書かれていたような気がすると話し、書斎に向かう。賢蔵は几帳面な性格だったようで、日記の順番もしっかり番号で管理されている。ただしいくつかの日記がずれていて、誰かが読んだ形式があると磯川警部が話す。三郎がいった日記をとればそのなかに、生涯の仇敵と書かれた専門の写真家が撮ったと思われる男の写真があった。そしてストーヴに焼き捨てられた日記。日記を焼いたのは賢蔵で、結婚式直前だったという。焼かれているのでどんな内容かはわからないが大正14年の出来事だったらしい。手紙を渡したルンペン姿や、居場所を聞いてきた三本指の男の情報から、写真の男=三本指の男で最重要犯人にされた。

捜査会議には手に入った証拠のコップ、日本刀と鞘、三個の琴爪、琴柱、鎌が並べられていた。コップには最重要犯人の三本指の男の指紋が付いていて、日本刀とその鞘には三本指の男と賢蔵の指紋が付いている。琴爪は血がべっとりついているので裏側の指紋がとれない、琴柱の指紋は犯人とおぼしき三本指の男の指紋しかなかった。鎌の指紋はあやふやだった。また賢蔵は5万円の保険に加入しており、賢蔵の死亡後の受取人は三郎になっていた。

 和琴 (わごん) および箏 (そう) で、胴の上に立てて弦を支え、その位置によって音の高低を調節するもの。和琴では二股状のカエデの枝を切って逆さにして用い、箏では紅木・象牙や合成樹脂製のものを用いる。柱 (じ) 。

琴柱とは―――goo辞書

金田一耕助、初登場

事件の翌日の11月27日。駅から降りて事件のあった川――村へ歩いて行く一人の青年がいた。年は25~26の中肉中背だがその姿はよれよれしわしわの着物や袴を履いていて風采の上がらないように見える。懐には雑誌があり、手には鞄。彼こそが久保銀造が電報で呼びよせた男―――金田一耕助だった。事件の成り行きを知っている村人達は、金田一耕助を神秘的な存在だと認識している。もっさりと頼りない青年が警部も舌を巻くほどの快刀乱麻の解決ぶりで、東京の人間は違うなとも。

作者は村人の話やその飄々たる風貌から金田一耕助をアントニー・ギリンガム氏(赤屋敷の殺人/A・A・ミルン)に似ているといい、彼は素人探偵だという。ここで作者が金田一の出生やその人生、久保銀造との出会いを語っている。サンフランシスコで麻薬中毒者だった金田一と出会った銀造は、金田一にもう一度やり直してみないかといい、金田一もそれを了承。学資を出してもらい3年間勉強。岡山の銀造の所に帰ってきた金田一は、探偵をやろうといいその出資金を銀造にお願いし、彼は無言で小切手を出した。そして半年後、金田一の写真が新聞に掲載しているのを読んで銀造は驚く。全国を騒がせていた某重大事件を解決したかららしい。
金田一は、最近大阪でむつかしい事件が発生し、その調査のため大阪に出稿していた。しかし思いのほか早く解決してしまったので骨休めかてら銀造の家にいて銀造と克子を送り出してゆっくりしていた。そこに銀造から呼び出しの電報が届いたのだった。

金田一が一柳家に着いたのは正午ぐらい。銀造は生き生きとして金田一を向かいいれて自室で自分が知る情報を教える。また次男の隆二は、克子をつれてこの屋敷に向かう列車に一緒に乗っているので嘘をついている。そしてこの家の人間はおかしく、互いにかばい合っているようで互いに疑っている。それが妙で気味が悪い。

現場検証に入る際、警部達は金田一に眉をひそめるが、若者が耳打ちすると警部達はペコペコした。大阪の事件解決で、東京の警視庁の上層部からお墨付き(紹介状)の手紙をもらって、それを見せた模様。署長や司法主任が金田一に好意的な警視庁の証書だけでなく、彼自身の性格や愛嬌もあり、惹きつける何かを持っている。そして今後も相棒になる磯川警部も、金田一の魔性に魅せられ人柄に惹かれた一人だった。
証拠を見た金田一は嬉しさでニコニコながら頭をもじゃもじゃとかくのが興奮状態。そして書斎の一画に大量の探偵小説が並んでいること、この小説は三郎のものだと知って、金田一はまた興奮する。離家を観察して、琴柱が違っていたり鎌が刺さっていた木を見たり、隆二と三郎が現場を見に来たので二人を招いて探偵小説語りをしたり。隆二も密室殺人だと考え、三郎も同様だった。

新たな被害者

夜起きた銀造は琴の音が鳴っていて、水車の音も聞こえる。まるで最初の婚礼の夜の事件のように。金田一も起きると再び琴の音が鳴り、金田一は畜生畜生と臍を噛む。今は朝4時15分で全く同じ時刻。銀造が雨戸を開けて外に出ると霧の中で二人の男女が揉めている。叱る良介としくしく泣いている鈴子だった。鈴子は玉の墓参りにきたといい、良介は鈴子を夢遊病患者だと決めつけて戻ろうと諭している。そこに隆二と糸子刀自もきて、三郎がいないことに気がつく。同時に離家に向かっていた金田一が「医者を呼んで欲しい、三郎君が……」と言葉を濁す。それを聞いて糸子刀自が「三郎が殺された」とショックを受けた。良介、隆二、銀造が金田一の案内で離家に入るとうずくまって右肩から血を流している三郎の姿があった。
立ちすくむ三人だが、隆二が良介に自分の鞄を持ってきてほしいと頼み、自分が状況確認を行う。深い傷だが命に別状はなく、母親を刺激しないようにと付け加えて。向こうの部屋で斬られてこちらに逃げてきた、屏風に血の痕と三本の指、切れた琴糸があると金田一が銀造に話す。

村の広まりはあっという間で、朝のうちに三郎が狙われた事件は広まった。この騒ぎの中、新しい情報が警察に投げ込まれる。朝9時頃のこと。自動車事故に巻き込まれて川――村に担ぎ込まれたとある女性が、一柳家の事件を知って酷く興奮し、自分は知っていることがあるから話したいと磯川警部らに会うのを切望している。彼女は白木静子といい、大阪でS女学校の教鞭を執っていて、今回の被害者の久保克子とは同郷であり親友と述べた。そしてバッグから二通の手紙をだすと、それを磯川警部に渡す。10月20日のもので事件から一ヶ月前に送られた手紙だった。

  • 結婚前に秘密を打ち明けるな、墓まで持って行けという静子の教えを破って賢蔵に秘密(=Tとの経緯)を打ち明けてしまった
  • 賢蔵は大変驚いたが、最後には許してくれた
  • 自分が処女でなかったことは賢蔵に暗い影を落としたかもしれない
  • 秘密を抱いて結婚生活を送るよりも何もかも打ち明けたほうが幸福な結婚生活には入れると思う
  • 愛と努力で賢蔵に与えた影を吸い取ってみせるつもり

二枚目の手紙は11月16日付け――――事件の9日前に送られた手紙だった。

  • 大阪で銀造と一緒に買い物をしている途中にTと再開した
  • Tはすっかり変わっていて与太者となり、銀造の隙をついて近寄ってくると、「結婚するんだね、おめでとう」と耳元でニヤニヤと囁いた
  • Tはもう過去の存在で別れてから一度も会っていない
  • 大阪で会ったっきりでTは見向きもしなかったが、二度とTの名前を口にしない会わないと決めたのに、どうすればよいのだろう

静子はこの手紙を読んでもらったうえで、犯人は「T」だと考えている。彼ならやりかねないとも話す。T―――本名「田谷尚三」は素封家(民間の大金持ち)の息子で、克子と出会ったときは某医科大学の制服を着ていたが、実は学生でも何でも無く三度落第した浪人生。克子は聡明だが上京した娘が陥りやすい恋愛ゲームにハマってしまい、田谷を心底愛し、結婚まで考えていた。甘い夢は三ヶ月程度で4ヶ月目で田谷の欺瞞が暴露され、二人は別れることになった。そのとき克子側に立って手切れの対応をしたのが静子だった。静子は田谷がその後も身を持ち崩して暴力団に入った事を知っているので、数日前に偶々再会し結婚する予定の克子を脅迫し殺すだろうと考えている。彼女の話を聞いたうえで、金田一は三本指の男の写真を見せ、これが田谷ですかと尋ねると、静子は首を横に振り「もっと好男子でした」といった。

磯川警部と一柳家に戻る途中、金田一は磯川警部の自転車を止めて、民家の女性に久――村への行き方を尋ねる。すると女性は編み物をしながら「この道の向こうに山――村の村役場があるから、そこで山ノ谷の一柳家と聞いてみて。大きな屋敷だからすぐにわかる。一柳家の表門の路をまっすぐいけばいい、山越しだけど一本道だから迷わないだろう」と慣れたように答える。それを聞いた金田一はお礼をいい、興奮した様子で磯川警部の自転車に戻ってきた。

一方三郎は隆二とF医師の手当てで一命をとりとめていて、今は小康状態。傷口から破傷風を引き起こし、生死の瀬戸際を彷徨ったほど。自転車を乗り捨てて磯川警部は三郎への質問をしに病室に向かった。金田一は磯川警部と別行動を取り、刑事を捕まえて久――村に三本指の男の写真を渡して一軒ずつ確認して欲しいと依頼する。

秘密の暴露

一柳家も警察も三郎のほうに目が行っていたため、逆に好都合と金田一は銀造を部屋に呼んで、さきほど静子から教えてもらった克子の秘密を話す。(なお金田一は銀造が克子を深く信用して愛しているのを知っているため、話すのは相当苦心した)
金田一から克子の秘密を聞いた銀造の衝撃はことさら大きかった。打ちのめされた犬のような哀れな顔色になり、本当かと金田一に尋ねれば金田一は頷き、克子が書いた手紙もあると銀造の逃げ場を塞ぐ。何故打ち明けてくれなかったかと悩む銀造に、こういうのは家族より第三者に打ち明けたくなるものだと激励する。しばらく銀造は打ちひしがれていたが、やがて立ち直ると金田一に犯人はこの田谷という男かと尋ねる。磯川警部と静子はそう主張するが、田谷は三本指の男ではないと静子がきっぱりいうので磯川警部はまだ袋小路にはいって大弱りになっている。

女中が、鈴子が行方不明だからと探しに来た。そのとき金田一は女中に糸子刀自の着ていた紋付きの着物は誰がかたづけたのか聞くと、誰も片付けていないという。ともするのも、糸子刀自はものを大切にする女性で自分のものは自分で片付ける。ただ今回はこのようなことがあったので片付ける暇が無くかかっているだけ。女中にその着物がある場所まで案内してもらい、彼女がいなくなると糸子刀自の着物の袂に手をやって取り出したのは装飾が施されている琴柱だった。
鈴子もやってきたので、金田一は鈴子に琴柱の確認をする。立てかけている琴の琴柱で、その琴はいつ出されたのか聞くと婚礼の日(11月25日)。その琴は普段は蔵にあって出せないが、11月25日は婚礼の儀なので蔵を開放して色々と必要なものを出していたため、蔵はずっと空いていた。

金田一は鈴子にどうして死んだ猫がそんなに気になるのかと尋ねると、彼女は怯えた顔を見せる。玉が死んだのは婚礼の日の前日(11月24日)。だからその翌日(11月25日)に鈴子は玉のお葬式をやったのか尋ねると鈴子は無言になる。何かあると思い、金田一が11月25日に鈴子がお葬式をしていなかったんだね、と優しく尋ねれば彼女は泣き出してしまった。
可憐な鈴子はずっと隠していた秘密を打ち明ける。鈴子は玉が冷たい墓に入るのがかわいそうで、箱に入れて押し入れの中に隠していた。その後賢蔵が死に、三郎が死んだ猫は化けて出る、不吉を呼ぶなど散々に鈴子を怯えさせた。鈴子は皆の意識が賢蔵に向いている間にこっそり猫の死体が入った箱を墓に納めてきたという。したがって玉の死体が入った箱は、婚礼中も、賢蔵が死んだときもずっと押し入れにあった。

鈴子の話を聞いた金田一は銀造と共に玉の墓に向かい、シャベルで穴を掘る。猫の箱は賢蔵が殺されたとき、鈴子の部屋にあった。そして一度掘り返されている。一度探した場所をもう一度探す人は滅多にいないため、とても良い隠し場所だろうと金田一は言う。墓を掘り出し、箱を開ければ油紙に包まれた猫の死体が。こんなものは以前確認したとき無かったぞと首を傾げる銀造。金田一が油紙を少し破って中を覗けば、探していたもの。銀造にもみせれば同様で、彼は足下からガラガラと崩れていく驚きと、この衝撃を忘れることはないだろうと思った。

窯の中から

磯川警部と合流し、三郎から怪我に至る経緯を聞く。彼が話す内容は、密室殺人の鼻を明かしてやろうと離家に入った頃、押し入れにいた三本の指の男に襲われて怪我を負ったというもの。ただ三本指の男と田谷がどうしても繋がらないため、磯川警部は気を揉んでいる。金田一は磯川警部の話を聞きつつ、久――村に送った刑事の帰りを待っていた。彼が帰ってこないことには話が進まないので、銀造を連れて村の散策に出かけた。

そこで珍しい炭焼きの窯を見つける。この地域ではあまりないが、自家用にこしらえている村民もいるようで、金田一が見つけたのはその一つ。窯に近づき、注意深く散策すると、炭焼きをしている男に声をかける。小さな村ではちょっとした事も伝わっていて目の前のうだつの上がらない青年が有名な探偵だというのもわかっていた。金田一に、この窯はいつから焼き始めたのか、と聞かれ男は11月25日の夕方だと答える。材料となる炭材を窯に入れたのは24日で、日が暮れたので帰宅し翌日の夕方残りを入れたという。他にも何か違和感があるか聞けば、25日は雪が降った。同時に妙な匂いがする、皮を焼いた匂い。誰かがぼろ洋服と靴を煙突から押し込んだのだろう、だから放り出してそこにおいてあると話す。服は原型をとどめていないが靴はまだわかる。それをステッキで触っていた金田一は窯の中に入ってもいいかと男に尋ね、了承を得て中に入る。そして出てくるときに男に向かって、一柳家にいる警察を呼んできて欲しい、シャベルもたくさんといった。銀造はまさかとおもうが、と予想する。

磯川警部が三人の部下とともにシャベルをもってやってきた。磯川警部に金田一はここに死骸が埋まっているから掘り起こして欲しいと話す。そして炭焼き男に弁償するから窯の甲羅を壊してもいいかと尋ねれば、男は死骸がいるなんて、と怯えながら頷いた。掘り出していけば変色した男の腕、明らかに裸だと解る。掘っていくと全身もわかり、その男が写真の男―――三本指の男だとわかった。胸元が大きくえぐられ、それが死んだ後に付けられたとわかると金田一は驚愕する。磯川警部が右腕をほこおこせと命令し、掘り起こすと彼らは絶句する。右手の先がすっぱり斬られて無くなっている。金田一にどういうことだと何度も尋ねる磯川警部に、これで帳尻が合うと金田一は油紙に包んだ何かを渡す。それは玉の棺の中で発見した、三本指の男――――の手首から切断された右手だった。

ゆきんこ

ここから金田一のトリックの実験および悲劇の解明がされていきます

本陣殺人事件のネタバレ

倉敷市観光課作成
本陣殺人事件の犯人

一柳賢蔵と久保克子を殺した犯人は一柳賢蔵です。心中ですね。そして賢蔵に様々な探偵小説の情報を与えてトリックを肉付けしたのは一柳三郎です。

三本指の男である清水京吉は今回の事件と無関係であり、事故で身体を壊した彼は一柳家の隣村の実家に行きたかった。道順を教えるとき、まず大きく目立つ建物を教えてそこで次の場所を聞くのが主流(当時はスマホなんてものはない)。彼はそれに従い一柳家の近くに来て尋ねましたが、極度の不調と水分不足が祟り、一柳家の近くで亡くなってしまいます。その死体を見つけトリックの実験に使用したのが賢蔵で、犯人に仕立て上げたのが三郎です。探偵小説が好きな三郎にとって犯人不在の事件は考えられなかったのです。

本陣殺人事件の犯人の動機

結婚相手に選んだ久保克子が処女じゃなかった&数日前に元カレ(田谷)と会っていたから。

賢蔵は超がつく潔癖症であり、結婚相手の克子にも清潔さ―――処女を望みました。ですが自分の妻になる女性が既に「お手つき」となっている事実に彼は耐えられませんでした。それは彼の家柄が本陣という由緒ある家系であり、克子とすぐに離婚したら元々見下していた周囲に酷く馬鹿にされる、かといって彼女を飾り物の妻にして自分は愛人を作るなんて芸当も、性格故に出来ませんでした。克子の手紙の一枚目の内容があまりにも悲しいというか本人はやる気なんだけど賢蔵は殺す覚悟決めてるからという究極のすれ違いです。

田谷も清水も賢蔵と三郎のトリックに巻き込まれただけの哀れな青年たちです。島の約束という文書も三郎が日記から適当に切り貼りして作った自作自演。

一柳家の末路

この事件の後、一柳家は没落していきます。ともするのも戦争後に財産税と農地改革があるため。

良介は広島にいて原爆で死亡、三郎は兵士として出征して死亡、鈴子も事件後の1年後に死亡。隆二は古風な生活に愛想を尽かして一柳家に戻らず、逆に上海にいた長女の妙子一家が戻ってきて、残った秋子やその子供と糸子刀自が揉めていると近所の人々が噂しています。

車井戸はなぜ軋る

短編集だが「安楽椅子探偵」「旧村でいがみ合う二つの旧家」「異母兄弟」などなど、人々がイメージする金田一耕助の作風そのもの。そのため古谷一行氏主演のドラマにて映像化している。「獄門島の帰りに立ち寄った」ということから昭和21年ぐらいの終戦直後になる。だがドラマでは平成の時代、ダム工事の反対賛成や10年前におきた事件になっている。タイトルもそうだし登場人物だけ同じで何もかもが全然違わないか?鶴代!お前病弱設定はどうした!
原作では鶴代の手記で事件の全貌が語られる。安楽椅子探偵。

登場人物作中の役割
金田一耕助私立探偵。※登場しない
本位田大助本位田家当主。終戦後失明。二重瞳孔がない。三人目の被害者。
本位田慎吉大助の弟。病気で入院中
本位田鶴代末っ子。病弱だが聡明な少女。今回の探偵役。
本位田梨枝大助の妻。没落士族の娘。伍一と付き合っていたが大助に鞍替えした噂あり。二人目の被害者。
本位田槇(お槇)大三郎の母親。大三郎亡き後は一家を支える
秋月伍一秋月家当主。二重瞳孔の持ち主。戦死。
秋月りん(おりん)伍一の姉。本位田家を憎んでいる
本位田大三郎本位田家先代当主。辣腕家。二重瞳孔の持ち主。
秋月善太郎秋月家先代当主。無能で痛風持ち。伍一が生まれた七日に井戸に身を投げて死んだ
秋月柳(お柳)善太郎の妻。糟糠の妻でよく出来た女性。大三郎と浮気しており伍一を産んで1年後、井戸に身を投げた
鹿蔵本位田家の下男。
お杉本位田家の下女。最初の被害者
小野宇一郎小野家当主。神戸から戻ってきた。屏風を返せと言う
小野昭治宇一郎の息子。前科三犯で脱獄中。慎吉の友達。

イントロダクション

K村には旧家の本位田家、秋月家、小野家がある。今回小野家は除外し、本位田家と秋月家の話になる。当主大三郎が辣腕家で秋月家と小野家は酷く痛めつけられ、彼の代で本位田家と残り二家の差は歴然となる。小野家は神戸に行ったが、残った秋月の当主善太郎は働くことに関して無能であり、昔の殿様男。妻のお柳は善太郎にはもったいない女性で村の女性達を集めて様々な手習いを教えていた。それが善太郎にとって怒りを催すもので(自分が無能であると解らせるから)、彼女に酷く暴力を振った。善太郎の暴力は村でも有名で、彼は通風となって動けなくなり大三郎が見舞金を持ってくると彼は嬉しそうになる。そんな大三郎がお柳を助けたのも当然で彼らは密会していた。
大三郎は二重瞳孔という天下人に相応しい珍しい瞳を持っていた。そして大正7年に大三郎の妻とお柳がほぼ同時に産気づき、ほぼ同日に男子を産んだ。生まれたのはお柳の子供の方が早かった。そして生まれた子供(伍一)の瞳に二重瞳孔があり、妻と大三郎の浮気―――全てを悟った善太郎は七日目に不自由から身体で這い出して井戸に身を投げた。大三郎の子供(大助)は二重瞳孔がなかったのも余計に村の噂になった。お柳は村人の誹謗中傷に耐えながら子供の伍一とおりんを1年育て、秋月家の遠縁の老女に二人を預けると彼女も井戸に身を投げた。

姉のおりんは善太郎から本位田家の憎悪罵詈雑言を聞いてきたため、本位田家への妬み憎しみを持つ、皮肉で鬱々とした女性に育つ。伍一は自分が本位田家の血を引いていると悟っているためか、かの家や大三郎に対する憧れは強く、姉の罵詈雑言は特に気にもとめていなかった。ただ、本位田家大助は別で彼への憎悪は破格で、彼のことを考える度に憎くて憎くてたまらず、憎悪の炎が燃えさかるほど。しかも自分は本位田大三郎の血を引いていて、少し早く生まれている。本位田家の財産を受け取るのは自分だとも考えている。
本位田家は大助が生まれた後、大正11年に次男の慎吉が、昭和5年には長女の鶴代が生まれている。鶴代は生まれつき先天性心臓弁膜症を患っており、ちょっと運動しただけでも動悸息切れがするので屋敷から出ることはなかった。彼女の教育を行ったのは祖母のお槇で、彼女の指導の下読み書きもできたが、鶴代は頭のいい子で12~13歳の頃は古典の注釈本も読んでいたほど。慎吉も小説は好きだったので二人で手紙の遣り取りをしていた。昭和8年に大三郎が死ぬと本位田家を支えるのはお槇で、彼女はしっかりと家の屋台骨を支えていた。
なお大助も伍一も成長するにつれ、ほぼそっくりの体格や見た目になってきていて、彼らを見分けるのは二重瞳孔のあるなしだけだった。

昭和17年大助と伍一は召集され同じ部隊に配属された。戦火中では伍一も憎悪はなしとしたのかそれなりに仲良くやっていた。大助が妻の梨枝に送った手紙には大助と伍一が二人で並んでいる写真が送られてきて、手紙には双生児だと舞台のマスコットのようになっていると書かれていた。ただその写真は酷く不気味にも見えた。
昭和18年に次男の慎吉が学徒召集されて戦地に向かったが胸を病んでしまい取り消しになって自宅で静養していた。戦争終了後には近くのH結核療養所に入った。このH結核療養所はK村から六里離れているが乗り物が不便な場所で公共交通機関を乗り継いで1日ちかくかかるという。
昭和19年頃に神戸にいた小野家が疎開でK村にやってきた。当主の宇一郎は百姓を行い始めたが、息子の昭治は戦争に取れて行方不明。昭和20年8月の戦争終了後に軍需工場で働いていたおりんが帰ってきた。彼女は自宅で畑を耕しはじめ未だ独身でどこか異様な恐ろしさを感じ、妖婆のように見えた。そして――――昭和21年夏の初め、突如して本位田大助が帰ってきた。名状しがたい鬼気と戦慄を身に纏って。

百日紅が咲き誇る本位田家の墓に一番小さく新しい白木の墓が一つ。「本位田家鶴代 昭和21年10月15日亡」と刻まれている。鶴代の命を奪ったのは紛れもない本位田家を襲った事件であり、彼女はその全てを余すことなく手紙に書き記して次男の慎吉に送っていた。元々事件の全貌を記したわけではなく、最初は身辺の日常だったがどんどんその事件についての内容が多くなり、恐ろしい疑惑や血みどろな事件の経緯、そして彼女の命を奪った衝撃的な真実などが書かれていた。最初の手紙は昭和21年5月だった。

昭和21年5月3日

小野宇一郎がやってきて、葛の葉屏風は元々小野家のものだから返して欲しいと訴えてきた。最初は梨枝が対応したが拉致があかないのでお槇が対応。それはあんたらが買い取ってくれと言うので20円で買い取ったものだと言えば、宇一郎はじゃあ20円で支払うと手持ちのお金を差し出した。今はインフレ真っ盛りで大正時代の20円と戦争後の20円では価格が違うと。鶴代もそれは理解していたのか怒っていた。宇一郎が帰って行くときに一緒にいた妻のお咲はいい噂を聞かない。継子の昭治を酷くいじめて彼は不良になった。家を売ろうとしたときも昭治が金を出した方で、鶴代は昭治がかわいそうだと思っていた。

昭和21年5月4日

宇一郎はお槇と根比べをしていたが、お槇がなんといっても譲らないので帰っていた。その時にションボリとした後ろ姿、ちょこんと結んだ帯を見て、宇一郎も年を取ったと鶴代は感じた。
お槇が梨枝と女中のお杉にその葛の葉屏風を出して欲しいと言うので二人は出しに行った。美しく風景が書かれているが、メインの葛の葉は瞳が書かれておらず盲目。それがより一層気味悪さを誇ると梨枝、鶴代、お槇は思っていた。薄気味悪いけど宇一郎に言われて締まっておいては沽券にかかわる、座敷の目立つところに飾っておこうとお槇はいった。

昭和21年6月10日

K村が騒がしい。聞けば看守がきて小野昭治が脱獄したから探りに来た。昭治は数人のグループと泥棒を働き捕まっていたが、脱獄した。その際昭治以外は捕まえたが、昭治は偽名を使っていたので手配しても見つからない。そこで突き止めていくと小野昭治という本名が解りK村の小野家にきた。K村の人間は昔昭治がお咲から虐待されて数年この村に預けられたのを知っているため昭治に同情的で、逆にお咲を憎んでいる。昭治は慎吉と同い年で仲が良かった。
おりんは本位田家の山の木を盗んでいる。当初は哀れだと見逃していたが最近図々しくなってきて、元々は秋月家の山だったのを本位田家が奪ったじゃないかと言いたい放題。

村の吉田家の銀さんが嫂(あによめ)の加奈江を嫁にもらうことが決定(レビレート婚かな)。兄の安さんは消息不明だったがビルマで戦死したと報告があったので結婚することに。それを見たお槇は鶴代に慎吉の年齢を聞いた。慎吉は鶴代より8歳年上だから25歳。お槇は梨枝より一つ上だね、と呟き今聞いた事は誰にも言わないようにという。鶴代は頷くが意味は全くわからなかった。

昭和21年7月6日

鶴代は座敷で本を読み、お槇はその横で編み物をしている。二人で語らうなか、女中のお杉が大助が帰ってきたと慌ただしくやってくる。どうして来ないのかと聞くお槇に、とにかく来て欲しい、戦友の方と一緒だからと。お槇と鶴代蛾玄関に向かうと、二人の青年が。一人は正木といい大助の肩を持っていた。正木はおばあさんだよと声をかけると横でうつむいていた青年が顔をあげる。顔にひっついた傷があり、痩せているが、なにより―――――瞳ががらんどう。
衝撃を受ける本位田家の人間に正木は言う。大助は怪我で失明したので義眼を入れていると。正木の声を聞きながら鶴代は後ろにいる数人の野次馬を見ていた。そこにはおりんがいてじいっとこちらを見ている。その視線は自分達ではなく、大助の背中をみていた。

昭和21年7月12日

大助は戦争後の疲れで寝たり起きたりを繰り返していたが、最近はよくなって見舞いに来る人に会うほど。そして伍一の最期を伝える必要があるとおりんを呼んだ。伍一は戦死した模様。本位田家がいる中で大助はりんに伍一の最期を話した。二人は部隊からはぐれてしまい伍一は倒れて死んだ。形見の品を受け取って彷徨っていると砲弾を受けて失明、運良く友軍に発見されたと大助は話した。そして伍一の形見の手帳をおりんに渡した。おりんは大助に対して何も聞くこともなく黙っている。それが鶴代には気持ち悪くて気味悪かった。おりんは形見の手帳を持ってさっさと本位田家を出て行く。鶴代が追いかけたとき玄関でにたりと笑うおりんの姿を見せてぞーっとした。

昭和21年8月8日

鶴代は慎吉に謝ると、大助が帰ってきたからというもの家が悪い方向に変わってしまったと嘆く。大助は元々陽気な人で誰もが彼を好きになる快男児だった。だが戦争後に帰ってきた大助は、戦争前とは真逆の陰気な男に変貌していた。怪しい鬼気で全身を包んでいて、鶴代は帰ってきた大助が笑うところも一度も見ていない。用事があるときも短く言付けるばかりか口も聞かないで、足音のない歩き方でまるで家の中の何かを探しているような足取り。大助は家中の全てを知ろうとして嗅ぎ回っているようにみえる。
そのためか嫂の梨枝の窶れが目に見える。本人は夏痩せだと言い切っているが、誰もが見ても夏痩せのような痩せ方ではないとわかるほど。二人っきりのときお槇が声を潜めて鶴代に、慎吉と梨枝の件を話す。大助と梨枝は子供もないので寝床も別にして腑に落ちない。だから帰ってきたから夫婦の営みをしていないのではとお槇は考え心配している。梨枝も大助の事は好きだろう、だが大助はすっかり変わってしまったとお槇はため息をつく。

そして目のない葛の葉屏風を見つめる梨枝。梨枝と話す中で、梨枝は「帰ってきた夫が夫ではない別の男だったらどうする、女は生きていけない」と言い、鶴代は本位田家の人間が考えている恐ろしい疑惑をしたためる。帰ってきた大助はひょっとしたら伍一じゃないかと。だからこそおりんは黙って見つめていたのか、背中を見ていたのかと鶴代は思う。二人を見分けるのは瞳であり、それが義眼によってわからなくなっている。そして梨枝も自分も気が狂ってしまう前に早く慎吉に帰ってきて欲しいと縋った。

昭和21年8月23日

慎吉から「かたしろ絵馬」を回収してそれを手形合わせすればいいという案に鶴代は頷いた。戦争に行く前に絵馬に右手を押して御崎様に奉納する。指紋は固有だから同じ指紋はないというもの。大助が押しておじが武運長久と書いていたのを鶴代は覚えている。
自分が行けばいいのだが病弱故に御崎の急な坂を上ることなんてできない。だから女中のお杉に頼んで御崎様までいって絵馬をとってきてもらう。梨枝にもお槇にも誰にも言わず、大助の指紋をとってちゃんとやるからと鶴代は話した。

昭和21年8月24日

お杉が死んだ。御崎様の崖から落ちて即死だった。お杉は頼んだとおり、絵馬堂から大助の絵馬をとりにいき、そのままかえらなかった。村人の田口が翌日崖から転落して死んでいるお杉の死骸を発見した。だが彼女が絵馬をとりにいったことは鶴代以外知らないため、どうして彼女があんな場所で死んでいたのか首を傾げている。
絵馬はどうなったのかわからない。まだぶらさがっているのか、それともお杉の手元にあるのか。それとも誰かに奪われて突き落とされたのか。鶴代は怖くてたまらず、お杉の葬式が明後日にあるのでそれを口実に帰ってきて欲しいと慎吉に何度もせがんだ。

昭和21年8月29日

鶴代は慎吉が帰ってきた数日間、非常に喜んでいた。家の中も華やかになったと。そして慎吉に自分の疑問を話した。お杉はあやまって転げ落ちるのは偶然にしてはできすぎる、だから誰かに殺されたのではないのかと。誰が突き落としたのかはわからないが何のために突き落としたかはわかる。――――絵馬だろう。絵馬を持って帰ってきては都合が悪い人間が犯人に違いない。何故か、それはガラスの目を持つあの人の手形と絵馬の手形を比べられたら困るから。すなわちガラスの目を持つあの人は大助ではなく伍一。大助の替え玉を演じている伍一は始終家の中を嗅ぎ回っていて、鶴代とお杉の話も盗み聞きしただろう。だが彼は盲目のため表だって追いかけることも出来ない。そこで代わりに動いたのが姉のおりん。彼とおりんで話していた。だからお杉を殺したのはおりん、そして秋月姉弟で本位田家に復讐をしようとしているに違いない。でも絵馬はどこに行ったのだろうか。

昭和21年8月30日

二つ出来事があった。
一つ目は本位田家に泥棒が入った。鶴代が目を覚まして母屋の方から音がするとお槇を起こす。雨戸をこじあける音が座敷から聞こえる。座敷の中、葛の葉屏風の前に誰かが立っておりお槇が低い声で力強く声をかけると、あわてて障子の隙間から縁側、外に逃げていった。ただ逃げるときにすねにぶつけて足を引きずって出て行った。梨枝もふすまの隙間から出ていて、お槇と話していた。大助は起き上がって部屋の中にいて、じっと聞き耳を立てていた。

二つ目はそれから半時間もたたぬうちに発生。泥棒騒ぎで興奮した鶴代はなかなか眠れず、直後の言いようのない音を聞く。それは人間の苦痛の呻き声。お槇も聞いたようで、二人でその音がした母屋に向かう。その声は大助たちの寝室から聞こえ、電気も付いていて、梨枝の呻き声だった。何かと尋ねても反応はなく、代わりに畜生畜生と言った大助の声。明らかにおかしいとお槇はふすまを開けて中に突入する。中では大助の膝の下にいる梨枝が上半身裸にされていて、大助は梨枝の腕をねじきれるほど強く持っていた。そして空いた手で梨枝の右脇腹をしきりに撫でていた。お槇が何をしているのと大きくどなれば大助はこちらに気づき、梨枝の上からとびのく。そして「俺は目が見えない、俺が目が見えないのだ」と絶叫。

翌日(9月1日)、いくらお槇が昨日のことを聞いても梨枝は口を紡いだ。大助は寝室から出てこない。一体何が起きるのか不安でたまらない。

昭和21年9月2日

梨枝が殺された。大助は行方不明。お槇はショックの余り倒れてしまった。手紙を持参した鹿蔵の自転車に乗ってきてもらって帰ってきて欲しいと鶴代は慎吉に願う。

昭和21年9月3日の新聞切り抜き

1日真夜中の大暴風雨の中で梨枝が殺害される。寝室でズタズタに斬り殺されていて、2日の朝で鶴代が発見。なお大助の行方がしれない。彼は戦盲者のため介添えがなければ一歩も外出が出来なかった。本位田家はお槇、大助、梨枝、鶴代、下男の鹿蔵の5人暮らしだが、梨枝の悲鳴に気づかなかったのは暴風雨で音がかき消されたからだろう。

昭和21年9月4日の新聞切り抜き

行方不明の大助は2日の夕方、本位田家裏の車井戸から死体となって発見された。死体には胸がえぐられており、殺された後に井戸に投げ込まれた模様。しかし義眼が片方のみ。また犯人が残した証拠なら、屏風に血染めの手形がべっとりと残っている。これならすぐに解決するだろうと警察は意気込んだ。

昭和21年9月5日の新聞切り抜き

警察の捜査の結果、屏風の血染めの手形は大助のものだと判明。そして犯行に使われた凶器は本位田家所有の貞宗の短刀で。これは床の間に飾られておりいつどこかで紛失したか覚えていないという。何度か確認されたがみんなわからないという。H診療所にいて、事件直後に帰ってきた慎吉に疑惑が向けられたが、診療所とK村は6里もあり、2日夜のアリバイも確認したが立証されていた。濡れ鼠になり自転車も泥まみれだった鹿蔵だが、鶴代より雨風をとして慎吉を呼びに向かったことによると証言があった。しかし失われた義眼は見つからない。
お槇は大助が戦死した場合、梨枝と慎吉を夫婦にする腹づもりだったらしく、凶行の原因になり得るのではないかと新聞は踏む。

昭和21年9月7日の新聞切り抜き

本位田家殺人事件に最有力候補の容疑者が浮かび上がってきた。容疑者は小野宇一郎の息子、小野昭治。同氏は前科三犯で、6月6日に脱走し、警察は包囲網を作っていた。脱獄警戒中のところ、2日早朝に小野昭治を現場付近で見たという証人が登場。事件が起きた4日前の8月29日に本位田家に泥棒が押し入っており、その犯人も彼ではないかと言われている。なお小野家は本位田家に深い恨みがあるらしく、その線も含めて小野昭治を捜索中。

昭和21年9月10日の新聞切り抜き

本位田家殺人事件の容疑者、小野昭治を逮捕した。彼は知人の家に潜伏しているのを発見された。身体検査の時、行方不明になっていた大助の義眼がポケットからでてきて警察を震撼させた。大助の死体を運んでいるときにこぼれて入ったのではないかと推測される。

昭和21年9月12日の新聞切り抜き

小野昭治が自供した。彼の自供に寄ればこういった話になる。小野家はK村と並ぶ名家だったが、本位田家の辣腕により先祖代々の土地は奪われ宇一郎の時代で神戸に出ることになった。一通りの成功者になった宇一郎だが戦争で一文無しになり、郷里のK村に戻ってくるが彼らは失敗者には厳しかった。本位田家は30年前に家宝の屏風を横領したまま返さない。そして小野家の財政は逼迫している。刑務所から脱獄してひそかに父親のところにかえってきた明治は、事情を聞き先祖の恨みや思うところがあってか、本位田家鏖殺を決意した―――――――こんな結末である。

最初の29日に侵入して殺そうとしたが鶴代達に発見されて逃げた。その際に貞宗を持って逃げた。1日の暴風雨の真夜中に侵入して梨枝を滅多刺しに殺したあと、気がついた大助が飛びだし、屏風の所まで逃げ延びたが昭治に貞宗で胸をえぐられて殺害。お槇と鶴代は離で寝ていたので探すことが出来ず、大助の死体を持って井戸に投げ、凶器を草むらに捨てて終わり。だが義眼がポケットに入っているとは夢にも思わなかった。

ゆきんこ

このあと、恐ろしい真実に気がついた鶴代は……?

車井戸はなぜ軋るのネタバレ

車井戸はなぜ軋るの犯人

梨枝を殺したのは本位田大助です。その足で大助が鹿蔵に命じて自転車を運転させて療養所にいる慎吉を殺しに来たので正当防衛で大助を殺したのは慎吉です。昭治は慎吉を庇うため、自分が犯人だと名乗り出たのです。お杉は突き落とされたのではなく転落死で事故。

加害者(慎吉)が被害者(大助)のところに向かったのではなく、被害者(大助)が加害者(慎吉)のところにやってきたという話です。大助の死体は鹿蔵が戻って井戸に投げ捨てました。本当は梨枝の横に並べてあげたかったけど、この暴風雨で死体がずぶむれ担っているため、座敷に持って行くのが不可能だったからです。

本位田家は鶴代も死に、お槇も死に、残された慎吉は病気を患っているので未来はありません。

車井戸はなぜ軋るの動機

秋月りんから慎吉と梨枝に関係があったと嘘を吹き込まれたこと&死ぬ間際の伍一から昔梨枝と関係があったと聞かされたこと&失明して猜疑心が強くなったことで梨枝を殺し慎吉も殺そうとしました。様々な疑念と懊悩が爆発し、浮気していると思った梨枝と慎吉を殺そうと決意したのです。実際にはそんな事全くなかったというのに。
伍一が最後に述べた「梨枝の右脇腹の跡」は慎吉が確認した後、梨枝には何もありませんでした。最後に呪詛を吐いて大助に疑念の芽を植え付けました。目が見えていればすぐに確認できたという箇所。

帰ってきたガラスの目の人は正しく大助であり、伍一は戦争で死んでいたのです。おりんはそれに気づき、わざとガラスの目の彼が伍一であるように本位田家や周囲の村人に振る舞うことで、秋月姉弟による本位田家への復讐は完遂されたのです。

小野昭治と本位田慎吉

慎吉と昭治はとても仲が良く、その関係は大人になってからも続きました。時々療養所にやってくる昭治に慎吉は金を出していました。最近の脱獄生活は眉をひそめますが、かといって警察に言うこともありませんでした。
慎吉が大助を殺して鹿蔵に運んでもらった後、一緒にいた昭治は慎吉から話を聞き、自分が犯人になると宣言。元々すねに傷がある身だから捕まっても構わないと言ったのです。しかしそれは警察ならまだしも事情を知る人間からは論破されます。

黒猫亭殺人事件

「顔のない死体」の話。このとき金田一は作家のY先生のところに会いに行っていて、「獄門島」が連載していることなどを確認し、決着を付けに来たという。ともいうのも「もっとかっこよく好男子にしてほしかった」というぐらいで、ダメ出しはなかった。Y先生は晴れて金田一の公認作家になった。そして金田一はY先生が密室殺人や顔のない死体」「一人二役」の話をやってみたいなと話していたことを覚えていた。それから時が経過して、Y先生のところに金田一から書類が届く。それは昭和22年3月20日から始まるとある事件の全貌で、金田一よりどう扱うかはお任せするとのことだった。

登場人物作中の役割
金田一耕助私立探偵。
長谷川巡査日兆と一緒に死体を掘った第一発見者。G町に詳しい
風間俊六土建屋の社長。金田一の旧友でパトロンの一人
村井刑事・司法主任・署長事件の担当警察組
糸島大伍「黒猫」の主人
糸島繁(お繁)「黒猫」のマダム。風間の愛人。前身は松田花子。
日兆蓮華院にいる若い僧。黒猫の裏の死体を掘っていた。気味が悪い。お繁の共犯者
加代子「黒猫」で働く女給
珠江「黒猫」で働く女給
お君「黒猫」の住み込みの女
桑野鮎子ダンサーホールの踊り子。大伍の情婦。お繁の一人二役
小野千代子糸島と一緒に引き上げてきた女。お繁&鮎子の身代わりとして殺され顔が腐乱した屍体として発見される

事件が起きたのは昭和22年3月20日のG町。G町は渋谷駅から私鉄を一つ乗らないとつかないような辺鄙な場所。戦争前に開発されてお店が多数建立したが戦争後は建物も一部を除いて無くなり、人も増えて秩序もないでたらめな町になったという。夜まで賑やかしい一角に昔の武蔵野の気風を残した、寺や墓が農家がある箇所。
午前0時。桃色迷宮を巡回中の長谷川巡査は、何かが土を掘り返す音を耳にする。耳を澄ますとざくっざくっと音がする。そこは「黒猫」という店の裏庭。酒場だったが一週間前に主人が新しい主人に売り渡して出て行ってしまった。そこで新しい主人が改装しており、夜は誰もいない。長谷川巡査は黒猫の裏木戸に近寄る。黒猫の裏庭の更に裏には蓮華院という寺がありその庭は一段高くなっている。目が慣れてきた長谷川巡査は明かりが蓮華院の方から見えること、誰かが何かを彫っているが、取りやめ、ハアハアと息が荒く四つん這いになって何かを見ている。蓮華院への崖を登って、長谷川巡査はその男に何をしていると話しかける。怯える男は日兆といいこの蓮華院の僧だった。穴を見ればそこには裸の女の死体。長谷川巡査がその死体を女だと把握したのはひとえに土と泥にまみれた胸があったから。顔を見ようと電灯を向けたとき、その凄惨さに長谷川巡査は言葉を失う。女の顔は骨が見えるほどに腐乱していて身元の特定が出来なかった。日兆に尋ねるも、彼は何か言おうとして顎ががくつき声にならなかった。

深夜だったために警察が揃ったのは夜が明ける頃。そのなかに村井という老練の刑事がいて、彼が事件の担当となった。村井刑事は現場につくや、周囲の地形や地理を把握することから始めた。検屍の結果、屍体は死後三週間は経過していて逆算して2月下旬か3月上旬になる。黒猫亭や蓮華院の人間も屍体が埋められている事に気づかなかったのは、雑木林にある落ち葉をかぶせて隠していたから。死因は後頭部に強い一撃、凶器は屍体と一緒に掘り起こされた薪割り。被害者からは髢(かもじ)が発見されるがそれ以外の情報が皆無で、25~30歳の女ぐらいしかわからない(裸だったので当然か)

かもじ。少ない髪に添え足す髪。入れ髪。

髢とは――――goo辞書

司法主任は三週間前に行方不明になった25~30歳の女を捜せば出てくるだろうと楽観視していたが、それが難しい仕事であったか後で理解した。日兆は興奮していて事情聴取にいたっていないが長谷川巡査に語ったところに寄れば、2~3日前あの辺りを通って見ると犬が落ち葉周りをガサガサしていて人間の足に見えた。その時は去ったが、人間の足が気になって仕方ない、だから掘ってみたという。警察にいう勇気すら無かった。
すると捜査していた刑事が、猫の死体が見つかったという。長谷川巡査によればそれは黒猫の看板猫だった。前の主人が引き払った一週間前と同じくらいに猫がいなくなったのは5~6日だが、その猫の死体は10日以上経過している。だが直後に猫が再び顔を見せた。二匹いたんじゃないかと彼らは安堵する。

覆水盆に返らず

長谷川巡査が戸籍簿や町内事務所の帳簿を借りて照らし合わせたところ、このような事情があった。この黒猫には一週前、主人の糸島大伍とその妻のお繁、住み込みの女が一人と、通いの女が二人いた。大伍は42歳、お繁は29歳で店を開店したのは昭和21年7月。ここに来る前の二人は別々の場所にいて、更にその前は中国にいた。よって糸島夫婦は引き上げ者。これらの情報は住み込みの女給、お君から得たものだった。大伍は見た目は厳ついものの愛想が良く、バーテンからキッチン、買い出しまで全部こなしていた。お繁は銀杏返しの髪型で、渋い着物を着ていたせいか29歳という年齢より上に見えたほど。しかし手練手管の腕前やその雰囲気も相まって、黒猫の顧客はほぼ彼女目当てだった。通いの女二人は加代子と珠江といい、彼女たちも化粧をして洋装を着て客を取っていた。
一週間前に店を閉店した後、このメンバーはどこに行ったのかと言われて長谷川巡査は答える。お君、加代子と珠江はその後も会っていて、加代子と珠江は次の新しい主人から是非来てくれと誘われているので向かうつもり、お君は目黒の叔母のところに身を寄せるつもり。糸島夫婦は神戸に行ってしまったという。糸島夫婦の前身は住み込みのお君が詳しく知っていて、彼女はそれをメモしていた。

糸島夫婦は中国の奥地に住んでいて、強制送還で日本に戻ってくることになった。その際お繁が半年早く帰国し、横浜のキャバレーで働いたときに風間俊六と出会い、彼の情婦(いろ)になった。風間は相応のお金を持っていてお繁もそれなりの暮らしが出来た。そうこうしているうちに大伍がお繁を探し出して連れ戻しに来たので、風間はお繁に手切れ金を渡していた。だが清算されたかと思った風間とお繁の関係は終わっておらず、最近まで続いていた。大伍も風間とお繁の関係を知り、夫婦は定期的に喧嘩していたが、お店はお繁頼みだから折れるのは大伍側で、大伍も女がいたと報告があった。
女は大伍と同様中国の引き上げ者。彼女とは引き上げ船で一緒だったらしく、半年間一緒に生活していた。お繁と元の鞘に収まった後も大伍はちょくちょくその女と逢い引きしていた。こういった内容はお君からの情報であり、お君はお繁から聞いていた。お繁はお君をスパイに使っていたらしく、彼女の命令で尾行し大伍とその女が会っているのを目撃したという。
お君の話に寄れば最近は酒も食料も不足気味で黒猫も閉店していることがある。その時、お繁は風間に会いに行き大伍は不満で少々荒れ気味だった。だが近々になってお繁が出かけた後、大伍もどこかそわそわしつつ出かけるようになった。それをお繁に報告すれば、お繁は心底悔しそうな顔を見せて尾行してほしいと頼まれた。言われたとおり尾行すると確かに大伍は見知らぬ女性と出会っている。24~25歳の断髪で派手なメイクのダンサーや踊り子のように見えた。それもお繁に報告すれば、ちくしょうと口惜しがり、その女は日華ダンスホールにいた桑野鮎子という女だ、中国から帰ってきた女だがまだ手切れていなかったのかと怒り、その夜は大伍の一悶着あったらしい。

あの蓮華院には老師の日昭と偏屈僧の日兆のみ。蓮華院は周辺土地の地主だが、勤めていた坊主だが兵隊にとられてしまったが、日兆は小児麻痺を患っていたので返された。日昭が中風を患って殆ど動けなくなってしまったが、日兆が全ての面倒や檀家の回収を行っている。無口で必要なこと以外口をきかない。
黒猫の箪笥の下の畳の位置がおかしいのでこじ開けてみたら、血の痕がべっとり付いていた。2月27日付の新聞も挟んでおり、おそらくあの屍体は2月27日~3月2日までの間に殺された。屍体を埋めた上で平然と暮らしていた糸島夫婦の恐ろしさを知って刑事達は怖気がした。

姿を見せないマダム・お繁

新しく黒猫を買い取った主人の話に寄れば、金銭や書面の遣り取りをしたのは大伍のほうでお繁は一度も姿を見せなかったという。主人も美女として名高いお繁を一目みたいと思ったがついに叶わなかった。それもそのはずで、お君たちの話に寄れば3月入ってからお繁は悪いドーランで顔がかぶれて表に出られる状況ではなかったという。そのため居間で背中だけを見せて本を読んでいた。お店を閉める際、加代子たちもお繁に挨拶しようとしたが、悪いドーランで顔がひどいことになっているからと断られ、彼女たちは一年前にお繁がドーランで顔がかぶれたことを知っているため、納得した。

「ドーラン」とは、演劇や映像の世界で用いられる化粧品の一種で、
油性の白粉(おしろい)のことです。
ドイツのDohran社製のものが有名で、一般に「ドーラン」と呼ばれますが、
舞台用ファンデーション、グリースペイントも同じ物を指します。
日本では、三善・カネボウ・スタインズ(steins)などの企業の商品が有名でしょうか。

ドーラン|舞台・演劇用語

お君の話に寄れば2月28日に暇をもらって目黒の叔母に会いに行った。帰ってきたらお繁が居間に引きこもって姿を見せなかった。大伍よりお繁は病気で寝込んでいるから居間に近寄るなと言われたが、それ以降お君はお繁の顔を見ていないという。なお三人は店の黒猫が変わっていることに気がつかなかった。

村井刑事はお君たち3人に2月28日~3月2日の間に殺された女性の屍体は誰だと思うと尋ねる。3人は顔を見合わせて、怯えた眼差しを交差させるが、お君がおずおずと鮎子ではないかと口にする。どうしてそう思うか聞かれ、鮎子はお繁が鮎子を憎んでいること、3月1日に掃除中に鮎子のパラソルを見つけたことを話した。お君はお繁に報告するのが怖くて黙っていた。用事から帰ってきた後、そのパラソルはなくなっていた。
珠江も思い出したことがあるといい、3月1日に土を掘り返したのを見かけ、マスターに尋ねれば野菜を作ろうとしたが日当たりが悪いので辞めにしたと返された。そしてお繁が鮎子を殺したあと、屍体を埋めたのは大伍ではないか。大伍は鮎子と浮気していたけどお繁を愛していたと思うから庇ったんだと付け加えた。

鮎子は日華ダンスホールにいたのだからすぐに身元がわかるだろう、風間俊六もあっておく必要があると署長たちは言う。糸島夫婦を手配するとき写真がない事に気がつくも、それが意味をなすのはもっと後。村井刑事がどうしてお繁は二週間以上も顔を隠さなければいけなかったのだろう、黒猫はどうして殺害されたのだろうと問いかければ、怪我をしたからではないかと答えが返ってくる。少し考えた後、まずは鮎子について調べなければと署長達について出て行った。

風間俊六

お繁の愛人の風間俊六は、土建屋のトップで、快男児。老成した口ぶりには一種の重みがあって、鋭さを露骨に見せないだけの処世術も学んでいた。風間は今回の事件をお君から電話を受けて知っていた。話を聞いて、驚いたがそれも一瞬、よく考えれば驚くに足らんという結果をのべる。こういう時代で黒猫もあのような商売をやっている、血なまぐさい事件があっても仕方ないと言った。お繁と会ったのは横浜のキャバレーで、すでに風間には複数の女がいて、キャバレーには様々な女が来たが、彼が目を引いたのはお繁が着物を着ていたから。ちょうど風間が建てた家の開き部屋にお繁を囲い、時々惰性で足を運んでいた。お繁が変な性的嗜好を持っていたのに対し風間はノンケそのもの。既に足を洗って彼女をどうにかしたいと思っていた矢先の昭和21年6月、大伍が乗り込んできてのでこれ幸いと大伍に手切れ金を渡し、大伍はお繁を連れて出て行った。しかしその後も風間はお繁と会っていた。風間はお繁の目的が金なのを見抜いていたので支払っていた。村井刑事がお繁は貴方に惚れていたのでは、と聞けば渋い笑みを浮かべるだけ。
桑野鮎子については風間は会ったこともないが、名前はお繁から聞いていた。お繁は大伍を愛しておらずむしろ憎んでいた。だがそんな相手でも他に愛人が出来れば女のプライドが許さない。そんな話一切興味なかった風間は適当に遇っていた。しかし2月頃、妙に興奮したお繁が自分は死ぬかもしれない、自分が死んだら線香を上げてほしい、でも1人じゃ死なない、あの女と道連れに死ぬと息巻いていた。風間は屍体は桑野鮎子で、犯人はお繁だと言う。大伍が愛人を殺す理由もないだろうと。風間は大伍と一緒に引き揚げ船に乗っていた女性がいる、と話し、同じ船に乗っていた人への紹介状を書いた。

風間に教えられた引き上げ者は鮎子たちの事を知らなかったので、伝言ゲームのように人づてに確認していった。総合すると、大伍と同じ船(Y丸)に乗っていた女は「小野千代子」という女性で、身元も何もわからなかった。そして大伍はこの女性の世話を焼いていた。ずっと一緒にいたので他の引き上げ者は大伍と千代子が最初からいたのものだと思っていた。内地に上陸したあと2人の行方はわかっていない。千代子は髪を切り顔を泥でまみれさせて男のような姿でいて器量はわからなかったがおそらく25~26歳だろうと思われる。
屍体の顔は腐乱していて身元がわからないのだから、顔が解っても仕方ないだろう。糸島夫婦の行方は知れず、署長は風間が匿っているのではと疑うが、村井刑事はそんな男ではないでしょうと否定した。

事件は廻る

3月26日。黒猫の改装をしている大工の一人、江藤為吉が捜査本部にやってくるとこのような事を話した。屍体を裏から掘り起こしたのは日兆、だが「日兆がそこを気になって仕方なくて掘り返そう」というのがおかしい。事件の2~3日、日兆は犬がそこをほじくっているのを見た。そこには人間の足が見えたから掘ってみようと思ったという話だ。

日兆を召喚して問いただせば、それは事実だと認める。ギラギラした奇形型みたいな彼はべらべらとしゃべり出す。
2月28日の夜、崖下の黒猫の裏で土を掘る音が聞こえた。日兆が見れば、大伍が、猫が死んだから埋めていると答えた。数日後、焚き物を取りに行っていると猫の鳴き声が聞こえる。崖下から覗いてみると黒猫の縁の下から猫がにゃーにゃー鳴いている。猫がいるなら大伍は何を埋めたのだろう、そして奥座敷にいる女と目線が合ったが、黒猫にいる彼女たちではない。奥座敷にいる女が気になってたまらない日兆は崖上から見続けることにした。窓に紙が貼られて確認しづらくなったが、根気よくまちつづけたところ、その女が見えた。奥座敷にいる女はお繁ではなかった。
そして黒猫を引き払うと聞き、加代子たちを捕まえてお繁の顔を見たかと聞けば、お繁の顔を見ていないと彼女たちは言う。そして空き家の縁の下から屍体が出てきたという事件を新聞で見て、確かめたくなった日兆はあの日堀りに行ったという。

したがって殺されていたのはお繁で犯人は桑野鮎子の可能性が浮上する。二週間も鮎子はお繁に分していた。店を引き払い、まとまった金で高飛びするためだろうと警察は考える。黒猫はお繁が可愛がっていたので一緒に殺害した、それでは怪しむので大伍が前の里親から一匹もらってきた。こうして事件はひっくり返り、捜査は最初からやり直し――――糸島大伍と桑野鮎子の指名手配を行い、かれらを探す事に。

ゆきんこ

この後、事件を新聞で読んだ金田一が事件の解明に赴くことに

黒猫亭殺人事件のネタバレ

黒猫亭殺人事件の犯人

小野千代子・糸島大伍を殺したのは糸島お繁(=桑野鮎子)で、共犯者に日兆がいます。桑野鮎子はお繁であり、彼女の一人二役でした。金田一に暴かれ、彼を人質に取り一緒に死んでやると息巻くお繁ですが、風間俊六から後ろから現れて「馬鹿なことは辞めろ」と言ったために彼女は自殺しました。
大伍を殺したお繁は、日兆によって蓮華院の土蔵にかくまわれますが、お繁を信用しきれない日兆は蓮華院を土蔵を後にするときは必ず鍵をかけていました。

お君がみた、大伍と鮎子の逢い引きは、大伍とお繁(鮎子)。お繁は倦怠期が来ていてたまには刺激が欲しいからわたし鮎子に変装して別人同士っぽく逢い引きしようと提案、お繁の言うことなら何でも聞く大伍はそれに同意。従って大伍の愛人鮎子はお繁で、大伍は外側からどう見られるかわからないまま承知でいました。

黒猫亭殺人事件の犯人の動機

人生を縛り付ける旦那の糸島大伍を捨てて愛する風間俊六の嫁になりたかったから。小野千代子はただ一緒に引き上げた女性という繋がりで元々大伍が闇に売り飛ばそうと考えていました、体格が似ているからお繁の身代わりにされた女性です。日兆はお繁に惚れていて彼女の手練手管に骨抜きにされた坊主でしたが、真実を知ったことで泡を吹き精神錯乱状態に陥ります。

お繁の本名は松田花子という松田家に嫁いだ女性で、姑を毒で殺害しようとして旦那を殺害してしまいました。捕まる前に戦争のどさくさに紛れて中国に高飛びし、自分の身分も出生もひた隠しにして過ごしていましたが、何の因果が出会った大伍にその過去を察知され、大伍に搾取されます(大伍にしてみればお繁は金の卵)。

金田一耕助と風間俊六

彼らは中学生の同期。東京の神田の下宿でごろごろしていて、金田一はアメリカに、風間は本土で不良に。金田一が銀造の金でアメリカから帰ってきた後、風間はとある組に潜っていいかおになっていた。そこで旧交を温めたが、戦地に向かうことに。

金田一は獄門島の帰りの汽車の中、ヤミ屋の一団が乗り込み、好き勝手に大暴れ。爆発する瞬間に風間が立ち上がってヤミ屋のトップを制し、全員青菜に塩状態。そんな英雄は誰かと顔を覗けば、彼は風間だった。自分がドコにも行くところがないと言えば、自分の所に来いと言われたので彼の所で居候している。

風間が二人目の愛人に運営させている旅館松月の離れに金田一は住んでいる。昭和20年代は松月にいることがほとんどだったり。

「ああ、おちかさん。――――あれはいるんだろうね」
「ええ、おかみさん、いまお風呂」
「ううん、おせつじゃないんだ。ほら、例のさ」
「ああ、旦那の新いろ……いやな旦那だねえ。来ると早々、おかみさんのことはそっちのけですぐそれだもん。おかみさん、だからいってますよ。あのひとが女ならただじゃおかないって。ほっほっほっ、妬けるのね。ええ、ええ、いらっしゃいますとも、どこにも逃がすことじゃないからご心配なく」

黒猫亭殺人事件 P353

まとめ

ありさん

なんで3作品全部紹介したの?

ゆきんこ

め、名作だったから……はい

金田一初登場の「本陣殺人事件」、可憐な少女の悲しい推理「車井戸はなぜ軋る」、顔のない屍体と女の意地と嫉妬の「黒猫亭殺人事件」。どれも初期に書かれた名作中の名作なので気になる方はぜひ。魔性の男っぷりも実感できますよ。個人的にJET先生作画の本陣殺人事件はわかりやすいので、小説はちょっと……というひとにおすすめです。

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