2023年9月に四週連続でNHK制作の金田一耕助長編ドラマが再放送されました。当時台風で終盤が途切れた「悪魔が来りて笛を吹く」とタイミング悪く見れなかった「八ツ墓村」が見れてとても満足しています。里村兄妹がちゃんとでてくるだけで神作だと思っています。
しかし横溝先生の金田一シリーズは古谷一行氏のテレビドラマでも実写化されなかったほど長編短編が数多く存在します。毎回実写化されるのが同じタイトルだと言ってはいけない。なかには短編を長編に書き直した作品もありますね。「壺中美人(こちゅうびじん)」はその中の一つで、元は昭和32年の「壺の中の女」ですが、この本自体は昭和51年発行です。
「原作に最も忠実な金田一像」…………古谷一行さんはわかるけど、ストーリーはどこが???????? 古谷さんはじめ演じてる俳優さん、女優さんは素晴らしいんだけど、なんというか、もやつく
特にシリーズ終盤の「水神村伝説殺人事件」「人面瘡」「トランプ台上の首」「神隠し真珠郎」辺りはなんかもうさあ……忠実ならタイトルは変えないし、わざわざ放映したタイトルをもうやらないし、中身を違う作品にしないし、いらん登場人物増やさんでしょ
中身を違う作品? 放送されたものが違うの?
このシリーズ終盤の2000年に「トランプ台上の首」というタイトルの事件が放映されたんだけど、内容は「黒猫亭殺人事件」だったんだよ。この黒猫亭殺人事件自体はすでに1978年で放映されていたから、って話。
明らかにネタ切れっぽい感じだったけど金田一作品はむちゃくちゃあるからなあ、って思ったの
(あ、なんか地雷踏んだかも)今日の作品は違うんでしょ?
ほら、こっちこっち
「トランプ台上の首」についてはこちら!
「壺中美人」のあらすじ
陶器蒐集で有名な画家が自宅のアトリエで何者かに殺害された。
壺中美人表紙裏より
現場に赴いた金田一耕助は、聞き込みを続けるうちに、以前テレビでみた「壺中美人」と称される曲芸を思い浮かべる。なんと発見者のたけは、血にまみれたパレットナイフを握りしめたまま、身体を捻じ曲げ壺の中に入っていく女の姿を見たというのだ!
表題作ほか奇妙な廃墟で起きた殺人事件を追う「廃園の鬼」を収めた、愛と裏切りを映し出す、横溝正史の傑作推理。
元は短編から長編に改訂した作品のため、少々齟齬があるシーンが出てくるが、重箱の隅をつつくようなもの。「壺の中の女」から「壺中美人」に変わることで「なにがおきるんだ」と興味をそそられるため、タイトルを考えた人はすごいと思う。事件はおそらく昭和29年5月26日の成城地域。楊の年齢で「大正3年(1914年)でかぞえ年で7つだとすると、もうすでに50を越えている勘定だが」という記載があるが、その後40前後の見えるとあった。楊の言葉を信じれは明治40年(1907年)生まれの模様だが……掲載は大元の「壺の中の女」は昭和32年9月、「壺中美人」は昭和35年9月。
「壺中美人」の登場人物
登場人物 | 作中での活躍 |
---|---|
金田一耕助 | 私立探偵 |
井川謙造(40前後) | 事件の最初の被害者。自称画家で資産家。サディスト。敬一を男妾にしたりと男色趣味がある色情魔 |
川崎巡査 | レインコートの女に刺されて重体 |
宮武たけ(45~46) | 井川家の女中で事件の発見者。井川家でそれなりの力がある。 |
井川マリ子 | 井川謙造の2番目の妻で離婚調停中。体中に傷跡がある |
宮武敬一(19) | たけの一人息子で呉服屋に奉公中。女性化していて呉服屋の番頭と関係あるが、井川に仕込まれていた |
梶原譲次 | マリ子の旦那。あだ名はブルドック。作中屈指の常識人 |
楊祭典(50以上) | 中国人だが育ちは日本で演芸集団出身。井川に壺を譲る。華嬢とは表向き親子だが…本当は日本人 |
楊華嬢(20) | 戦災孤児で楊に拾われて曲芸を仕込まれる。曲芸以外にの座敷芸も可能。井川殺しの容疑者。本当は男ですでに殺されている(二番目の被害者)。 |
井川虎之助 | 謙造の実兄で井川家当主。井川家は新潟の大地主だったが今は斜陽族 |
山本藤兵衛(山本達吉) | 通称「山藤」横山の洋物屋の旦那で華嬢のパトロン。交通事故に遭うがブレーキが壊れていた。華嬢の正体を知っている。 |
鈴木弁護士 | 北川法律事務所所属でマリ子の弁護を担当。梶原とマリ子についても詳しい |
被害者は井川謙造ですが登場人物が多めです。警察関係やほんの少ししか登場しない人(花屋の女性)は割愛しました。川崎巡査も実は最初に刺されて以来ラスト終盤まで登場しない(重体なのだがら当然)ですが、今回の事件の幕開けの人なので掲載しています。ちなみに最初金田一を迎えにきた志村刑事、山川警部補は支那扇の女で一緒に事件解決に挑んでます。
金田一の事件なのに連続殺人じゃないんだね
元が短編だからね。長編は掲載雑誌の関係上事件がどんどん起きるけど、短編はね。犯人もわかって被害者も少ない!
なるほど
今回の事件は「壺の中に入る曲芸ができる楊華嬢。陶器蒐集家の井川がその壺に一目惚れしなんども楊に交渉。最終的に壺を売るも、井川は楊の娘の華嬢に手を出した。華嬢は壺の中に入って部屋の中で井川を殺害。華嬢は逃亡」という筋書きになっています。こんな簡単にわかるなんておかしいのでこれがどう崩れていくのかも読む上では楽しみです。
警察関係もかなり登場しています。金田一といえばどうしても磯川警部と橘署長、等々力警部の印象が強いですが、彼らの部下の優秀な警部・警部補・巡査たちが揃って事件解決に立ち向かっています。彼らがレギュラー出演する実写作品も見たいものです。
「壺中美人」のネタバレ
しょんぼりと肩を落とした金田一耕助の全身を、ものわびしくつつんでいるのは、救いようのない孤独感と虚脱感である。これは事件が解決したときに、いつも金田一耕助が示す寂寥感(せきりょうかん)で、だから等々力警部はしっているのだ。金田一耕助の脳細胞のなかでは、すでに事件が解決しているということを。……
「壺中美人」P195
※「壺中美人」の犯人
この事件の犯人は井川マリ子と楊祭典で、井川殺害の実行犯はマリ子です。華嬢はアリバイ作りと犯人役のスケープコート的な扱いです。
マリ子は誰かにいじめられるマゾヒストの気質がありました。譲次と内縁の関係を結びながらその裏で楊祭典と繋がっていました。これは男色趣味がある井川が華嬢に手を出したことで楊が腹いせに彼の妻のマリ子に手を出し、慰謝料の話なども吹き込んだのです。ただその二人の密会関係を井川が写真に治めて日付も記載して残していました(マリ子のしっぽを掴んだと井川が話していた)。
楊華嬢は楊祭典に育てられた男の捨て子であり当初は女の子として育てられていましたが、成長すると喉仏など男性性の二次性徴で男だとわかってしまうため、楊祭典は彼(女)の「期限が近い」事がわかっていました。楊祭典にベタ惚れで彼の関心を引くためなら何でもする華嬢は、祭典にいわれるがままアリバイ工作を行います。そして楊華嬢は哀れにも楊祭典によって壺の中に入ったところを殺害され、セメントで固められた壺と一緒にとある川に沈められていました。
※「壺中美人」の犯人の動機
井川謙造の巨額の遺産です。本家の井川家以上に謙造は資産を持っていました。
また宮武たけが井川の死体を発見してから通報するまでに時間がかかっています。これは犯人の後ろ姿をみて、犯人の正体を知った宮武たけが犯人逃亡の時間を稼ぎ、犯人に井川の財産を継がせて敬一の人生を壊した代償になりうる賠償金を支払ってもらおうと考えたためでした。そんな宮武たけは楊祭典とマリ子の密会の写真の存在を知っており、マリ子達に処分される前に急いで手に入れて肌見放さず持っていました。
川崎巡査が出会い触れた「レインコートの女」はマリ子(井川を殺してきた直後)であり、これは犯人とされる華嬢が男であることの矛盾点にも繋がっていた。
実写化したら宮武たけさんを誰がやるのか楽しみ。今の時代だからそのまま実写化するのは難しいだろうし、でも作中の肝となる曲芸シーンをどうするのかなぁと
「廃園の鬼」のあらすじ
那須市が舞台のはなし。犬神家の一族の話(昭和24年)よりあとになります。この事件は犯人も分からないまま迷宮入りとなったと後に語られています。金田一耕助も那須市の長期滞在ができなかったし、橘署長もなぜかこの事件にやる気を見せていませんでした。那須にきたのは「東京の方でふたつほど厄介な事件を片付けた」金田一が過労気味だったので解放希望してここにやってきました。掲載は昭和30年6月「オール讀物」
どういうこと? まさか上からの圧力で引く羽目になったとか?
違う違う
「廃園の鬼」の登場人物
登場人物 | 作中での活躍 |
---|---|
金田一耕助 | 私立探偵 |
原信造(36) | 那須市の資産の一人息子で舞台となる建物を作った。急性肺炎で亡くなっている |
高柳慎吾(60以上) | S大教授 |
朝倉加寿子(32~33) | 高柳教授の細君。元レコード歌手で三度目の結婚。今回の事件の被害者。 |
伊吹雄三 | 加寿子の最初の旦那。映画監督。 |
加納史郎 | 高柳教授の弟子 |
佐竹恵子 | 加寿子の友人 |
小泉玄蔵 | S大教授で高橋教授の友人 |
都筑弘(35~36) | 加寿子の二番目の旦那。新聞記者。 |
被害者の朝倉加寿子は三度目の再婚と離婚をしていますが、別れた元旦那に対しては今でも友人としての認識がありました、彼女はいたずら好きで、たまたま自分の元旦那同士がばったり鉢合わせするならここにいない二番目の旦那の都筑も読んでやろうと彼もいたずらの手紙で読んでいました。
被害者を扼殺した犯人ですが、容疑者全員にアリバイがありました。そして捜査が膠着しきったところに舞台の建物に婦人を襲う不審者の噂はでてきたので山狩りを行いましたが駄目で、加寿子のバッグからも指紋が取れず、そのまま事件は迷宮入りに成りました。
※「廃園の鬼」の犯人
犯人そのものは高柳慎吾教授だが、アリバイ工作で伊吹雄三・都筑弘・加納史郎・佐竹恵子が関わっている(教授は知らない)。事件の一年後に金田一耕助が彼に送った手紙で事件の全貌が発覚する。一年後の教授は酷くやつれているものの、手紙を読み「偉大な研究/著述」を完成したあとに亡くなった模様。
建物の抜け穴の窓から高柳教授の犯行を見てしまった伊吹雄三と都筑弘は話し合って高柳教授をかばってアリバイ工作を行う事を決意。そこに加納史郎と佐竹恵子も合流し、四人でアリバイ工作を実行して高柳教授を守った。
※「廃園の鬼」の動機
殺害した明確な動機は不明。間違いかもしれないし、と記載があるのでちょっとした手違いの可能性が大きい。
偉大な著述(研究)の完成まぢかで神経が過敏になっているところに、天衣無縫でいたずら好きの加寿子が色々騒ぎ立てたことでぷちんとキレてしまったかもしれない。
金田一耕助長編「壺中美人」のまとめ
令和四年3月に復刊された「壺中美人」。やはり横溝正史先生の文体は読みやすくてとても勉強になります。そして作中の金田一さんが等々力さんに話した「昔読んだ探偵小説」の元ネタがあったりするのかなぁとおもいました。その後続く内容からして海外の探偵小説のようなので。
※ネタバレになるので注意
「いいえ、ずっと昔、わたしこういう探偵小説を読んだことがあるんです。すなわち少年が女装してスカートをはいている。ところがなにかに腰をおろして、急にひざでなにものかを受けとめなければならなくなった。そのさい、その少年がまたをつぼめて受け止めたので、男であることを看破される……と、そういうトリックなんですね」
「壺中美人」P196
廃園の鬼は金田一らしからぬモノトーンというか、侘しさがありました。事件の解決よりもとある人間の気持ちをとるのは金田一さんらしいなと思いました。とりあえずここに答えおいておくけど、見るのは自由だよ、みたいな。
ただ、高柳教授の「偉大な研究」ってなんだったんだろう。
金田一耕助シリーズレビューはこちらから
今回も画像はぱくたそさんからお借りしました