「死神の矢」は昭和51年に刊行された横溝正史先生の金田一耕助シリーズのひとつ。2022年(令和4年)に復刊されています。こちらも古谷一行さん主演金田一耕助シリーズでドラマ化されていますが、いくつかの設定が改変されているのが特徴です。弓矢から始まるミステリー劇は僧正殺人事件を思い出しますね。
併録作品の「蝙蝠と蛞蝓」は別レビューで紹介しているので割愛します
792円
「死神の矢」のあらすじ
弓の収集家として名高い考古学者の古館博士が、三人の若者を招き弓遊びに興じていた。見事的を射た者を、愛娘早苗の婿とするというのだ。だが、その直後、競技に参加した若者の死体が見つかる。浴室の中でシャワーを浴び続ける若者の胸部には、白塗りの矢が射ちこまれていた……。解決不能と思われた密室トリックを金田一耕助が解き明かす。一風変わった隣人との嫌疑に挑む「蝙蝠と蛞蝓」を併録したファン必読の小説集。
死神の矢 あらすじ
登場人物 | 作中での活躍 |
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金田一耕助 | 私立探偵 |
内山警部補 | 警察枠。 |
古館博士 | 弓の収集家で考古学者。三田村文代を愛している。 |
古館早苗 | 博士の愛娘。 |
加納三郎 | 古館博士の助手 |
佐伯達子 | 早苗を育てた女性。通称「ママさん」 |
三田村文代 | 達子や田鶴子が目をかけていた女性。天涯孤独。睡眠薬を飲んで自殺する。 |
松野田鶴子 | 早苗が通うバレエ教室の先生 |
高見沢康雄 | 早苗の婚約者候補の一人。三人目の被害者。 |
神部大助 | 早苗の婚約者候補の一人。二人目の被害者。 |
伊沢透 | 早苗の婚約者候補の一人。最初の被害者。 |
相良恵子 | 早苗のバレエ友達 |
河合滝子 | 早苗のバレエ友達 |
八木健一 | 貸しボート屋の少年 |
杉原朱美 | キャバレー「焔」のダンサー。オネスト・ジョンの情婦 |
オネスト・ジョン | 元プロボクサーのジョン駒田(本名:駒田準)。キャバレー「焔」の用心棒。伊沢と確執がある |
滝子たちが高見沢たちに暴行された過去があるので絶対に早苗と高見沢の結婚はダメだと古館博士に言うシーン、この当時だから許されている感じはあるけど、古館博士の反応も含めて嫌悪感出る人いると思いますね。
世にも奇妙な婿選び
金田一耕助は、波間で考古学者であり弓の収集家の「古館博士」が、ユリシーズの逸話を元に娘・早苗の婿選びをしているところに遭遇。ユリシーズという名前は馴染みがないかもしれませんがギリシア神話の英雄「オデュッセウス」を指します。ラテン語呼び「ウリクセス」がルネサンスになまって「ウリッセース」となって英語呼びした名前です。豪胆な父親に娘の早苗は「こうなった父はてこでも動かない」といい諦めている模様。愛する妻に早く死なれた古館博士は、お手伝いの佐伯達子を雇うと彼女に一人娘の早苗を任せて自分は学問に勤しみました。早苗はバレエ教室に通っていてその教室の松野先生とも懇意です。早苗のバレエ友達に三田村文代という天涯孤独の少女がいて、良く古館家に遊びに来ていました。達子も親近感が湧いたのか文代を可愛がっていましたが、文代はある日突然理由無く自殺してしまいました。
早苗の婿候補は「高見沢康雄」「神部大助」「伊沢透」の三人がいますが、どれも金持ちのボンボン息子で、夜な夜な遊んでいるのが日々噂される輩たち。早苗の身を案ずる松野田鶴子や佐伯達子はそれとなく釘を刺しますが、古館博士は酒を飲みながらハッハッハッと笑い彼女たちを袖にします。三人の、早苗の婿選びの内容は那須与一よろしく波間に立てた的を矢で射るだけ。矢はカラーリングされています。三人は婿選びの間は古館博士の家に厄介になる模様。
高見沢康雄 | 赤い矢 |
神部大助 | 青い矢 |
伊沢透 | 白い矢 |
翌日、海面を漂うヨットに婚約者候補たちと応援する女性達が乗っていました。ちなみに高見沢たちは那須与一、ウィリアム・テル、ロビン・フットと伝説的な弓の射手の名前を付けられて盛り上がっていました。伊沢と神部は外しますが高見沢は命中させました。内心全員外すと思っていた早苗は虚脱感。嘘かからくりがあるのではと誰もが思いましたが、双眼鏡で覗けば確かに的に命中。その直後、モーターボートで近づいてきた誰かが矢を回収してどこに持ってしまいました。そのまま矢は戻ってこず盗まれた状態で見つかりません。
最初の被害者:白い矢
邸宅に帰ってきて上機嫌の高見沢と、静まったそれ以外の人々。ご飯までの自由時間となったので滝子や恵子、早苗は部屋でシャワーを浴びに部屋に戻り、金田一もシャワーを浴びようと階段を上り部屋に向かいます。30分ぐらいシャワーを浴びて着替えた金田一が部屋の扉を開けると伊沢に会いますが、彼はそそくさと部屋に入ってしまいます。
金田一が階下におりて客間に入ると、加納を叱っている古館博士の姿が。せっかく早苗の婚約者が決まったんだからもっとしゃんとしろと話している様子。すると達子が伊沢の姿を見ていないかと金田一に問いかけてきたため、彼はさきほどすれ違って部屋に向かったと教えます。直後に松野と滝子と恵子がやってきて、文代の自殺は高見沢たちに暴行されたことによるもの、滝子たちも神部と伊沢それぞれに強姦未遂に遭ったことを告白し、この三人は酷い男達だから早苗との辞めるべきだと言いますが、古館博士はのらりくらりと交わして高見沢たちの肩を持ち、冗談だったんだろうと言います。ここ今だと絶対炎上するシーン。
高見沢と神部が客間にやってきた後に食事の用意が出来たと達子が連絡します。早苗の姿がありませんでしたが、五分後に滝子たちに連れられてやってきます。化粧で隠していますが泣き腫らした涙の跡が残っていて明らかに反対している模様。そして伊沢の姿もないため高見沢が達子に呼びに行かせます。高見沢は的を射たことで有頂天となっています。戻ってきた達子の声が震え、顔は恐怖に歪んでいながらも古館博士に「矢が見つかった」「伊沢さんは食事にでれない」と報告します。この時点で金田一は身体を浮かせて伊沢の部屋に向かいはじめていました。早苗を松野に頼み、高見沢と神部を加納に見晴らせると、古館博士は金田一と一緒に伊沢透の部屋に向かいます。このときポロッと高見沢たちへの感情が出てしまう古館博士
伊沢の部屋は、達子が迎えに来たとき電気が消えていました。しかしバスルームの電気は付いていてシャワー音が聞こえ、部屋の外から声かけしても反応がありません。ドアノブに鍵がかかっていたので鍵穴から覗くと矢が刺さったまま倒れている伊沢の姿があったため、急いで戻ってきたといいます。金田一はシャワーの雨の揺れ具合から窓の外が空いていて風がなびいていると推測。そして顔は見えないけど着ている服から中にいる男は伊沢であり、彼は死んでいると確信。ただし指紋と現場維持を考え、警察がくるまでバスルームをあけるのを金田一は止めました。
O・Jからの脅迫状
金田一は伊沢が戻ってきた後、達子が後を追っかけていったのを思い出し、伊沢に何の用事があったのかと訊ねます。すると皆が花婿選びの射手に興じている最中に伊沢を訪ねてきた男性がいました。30代半ばの男性は体格も良くボクシングをやっていそうな風貌。当初は伊沢が戻ってくるまで屋敷で待つという彼を達子は宥め賺して一度出直してもらうようお願いします。伊沢がこの屋敷に泊まることを知った男は手紙を書いて伊沢に渡すよう言付かったため、達子は渡したといいます。(この時点で弓も矢も全部揃っている)シャワーを浴びる予定の伊沢は半分脱いでいましたが、達子から渡された手紙を見るとその表情はびっくりというよりも、酷く怯えていました模様。そして戻っていくとき、弓が一挺かけていることに金田一は気づくのです。
警察が到着したことで高見沢と早苗の婚礼は延期となります。捜査主任が内山警部補で、彼は女王蜂の事件のとき一緒に行動していました。金田一を深く信頼している内山警部補は、千人力だと気力充分です。警察が鑑識や現場検証を開始し、死んでいるのは伊沢透で下半身にバスタオルを巻いてバスルームに倒れている、左胸にのぶかく白い矢が突き刺さっている、外の窓は開いているといったことが解ります。ただ死亡推定時刻は水がかかっていたため硬直がずれて正確な時間が言えず、おおよそ午後五時~六時ぐらいと判断されました。金田一は午後五時ぐらいに伊沢が部屋に入るのを目撃しており、午後六時ぐらいに達子が伊沢の死体を発見したため見当は付いていました。
金田一は伊沢の死体には顎髭がニョキニョキ生えていて、バスルームで汗を流したにも関わらず髭を剃っていないことがわかります。不思議だと思う金田一ですが、脅迫状が見つかった事で思考と話題はそちらに移動します。脅迫状の内容は「今夜九時桟橋で話をしよう、暴力は振るわないし譲歩もするつもりだが、伊沢が逃げる姿勢を見せるならこちらもそれなりの手段は執る、カタワになるぐらいの覚悟をするんだな」となかなかです。
警察がめまぐるしく動き回るうえで漸くまとまったと内山警部補と金田一が古館博士達の前に矢を待って現れます。まず松野達にこの矢が伊沢の矢であったか証人になり、続けて矢が研がれてるのは古館博士がやったと証言。しっかり研いでおかねば的に刺さらない可能性もあるためフェアじゃないから、それだけの理由です。
刑事の一人が八木健一という貸しボート屋の少年を連れてきます。八木は伊沢に頼まれて、全員射手後の矢を回収してほしいとお願いされて実行しました。悪戯だから何も問題ないよと八木を説き伏せ、前金で3,000円支払っていったので八木も行いました。回収した矢は古館家の裏山の石のあるくぼみに2,000円おいてあるからそこにおいて行ってくれと話した模様。したがってモーターボートで矢を回収していった謎の男の正体は八木で、依頼者は死んだ伊沢でした。
伊沢に言付けをお願いした「O・J」という人物の人相を高見沢と神部に伝えると、二人は「オネスト・ジョンだ!」と恐怖に染まった顔で飛び上がります。内山警部補がオネスト・ジョンという人物について訊ねると高見沢も神部もぶつぶつ濁らせて口を割りません。猜疑心に満ちた内山警部補に再度尋ねられ、高見沢が口を開きます。なおこの頃夜九時を過ぎており、オネスト・ジョンが指定した脅迫状の時刻になっていました。高見沢の話によれば、ボクサー崩れの男で少し前まで刑務所に入っていて本名は駒田準、なおボクサー時代はジョン駒田という名前だった模様です。そこからオネスト・ジョンという名前で、銀座裏のキャバレー「焔」のボディーガードをしていると彼は語ります。なお松野もジョン駒田という名前に聞き覚えが有り、かつてミドル級のホルダー選手だと付け加えました。
そのオネスト・ジョンに伊沢は戦々兢々(恐れをなしてビクビクしている)模様。理由はオネスト・ジョンが焔の用心棒をしている傍ら、麻薬の密売で警察にしょっ引かれた間に、伊沢がオネスト・ジョンの情婦で焔のダンサー・朱美にモーションをかけ親密な関係になったうえ伊沢が朱美を妊娠させてしまったため。朱美は掻爬します。出所後にオネスト・ジョンが、伊沢が自分の恋人の朱美を孕ませて掻爬させた事を知り、伊沢を追いかけ回していると、高見沢が語りました。
松野は、高見沢たちも朱美と懇ろな関係になったのではないかと皮肉れば、二人も否定は出来ず冷や汗を流すのみ。内山警部補は松野にオネスト・ジョンとの関わりを訊ねると、彼女はジョン駒田という名前なら知っているがオネスト・ジョンは知らないし、朱美の名前も知らないときっぱり話します。松野を追及した理由は裏山の弓矢があった場所に煙草の吸い殻があり同時にハイヒールの痕が残っていた為、彼女とオネスト・ジョンが会っていたのではと考えたからです。すると松野はそのハイヒールの痕は自分であり裏山に向かったのも認めます。理由は金田一を出し抜こうと考えたからで、裏山に向かうところを古館家の女中が見ています。伊沢の部屋の窓が開いていたのを見て怖くなって引き返したため、オネスト・ジョンとは会っていないし関係もないと断言。この後も刑事が脅迫状の場所に張り込んだり、松野とオネスト・ジョンの関係を洗い出しますが、全くの空振りに終わりました。
行方知れずのO・J
婿選び当日の事件の日、オネスト・ジョンを見た証言はありましたが、その日以降のオネスト・ジョンの足取りは全くわかりません。ただ弓矢に指紋があったことや殺された伊沢に憎悪があったことで動機も充分とされ、警察は彼を容疑者の一人として追っています。彼の情婦であるダンサー朱美も警察に取り調べを受けましたが、オネスト・ジョンの居場所は知らず、会っていないと答えました。オネスト・ジョンの関係者も、朱美同様首を横に振り知らないと答えています。
警察がオネスト・ジョンの消息に集中する一方、金田一は伊沢の「五時の影」に気を揉んでいました。夕方で髭も生えていて、カミソリもあったのに何故バスルームで剃らなかったのだろうかと。元々剃らないタイプならまだしも朝にあった彼はしっかり剃っていました。次に伊沢の指紋です。バスルーム内で伊沢の指紋が窓ガラスやシャワーの栓から発見されていますが、バスルームのドアの取っ手には彼の指紋はありませんでした。代わりに第一発見者の達子の指紋だけが残っていたのです。
金田一はキャバレー「焔」に三回通い朱美から情報を引き出そうと試みます。金田一の容貌はキャバレーでは珍しく、すっかり朱美付きのお客さんとして認識されている模様。朱美もまた来たのねと呆れ顔ですが金田一は諦めが悪い男だと笑いながら話します。朱美はオネスト・ジョンの居場所も知らないと言っていますが話しているうちに金田一に絆されたようで、知っていたとしても彼は有罪になるから金田一に教えるのは無理だと話します。そして金田一だけが彼が無罪だと言ってくれているがそれが本気かどうかと疑り深い模様。そして朱美は高見沢と神部の名前を聞くだけでもかっとなるほど、嫌がっていました。金田一はこの後古館博士の講演に向かうため、キャバレー「焔」を後にします。
二人目の被害者:青い矢
夜八時からの二時間、古館博士の講演が行われました。関係者部屋で博士に賛辞を述べた後、金田一は早苗の様子を確認します。すると早苗は次のバレエの講演で大役をもらった為、ひたすらその練習に励んでいる模様です。焔に通って朱美に振られ続けていると自虐する金田一に発破かけながら、博士はこのあと早苗や達子と東京の八重洲で待ち合わせすることになっているからお茶でもしないかと誘います。助手の加納は帰るといったので公達は古館博士を一人にしておくのはまずいと思い、誘いに肖りました。八重洲に向かう車の中で、金田一は古館博士に高見沢と早苗の結婚は本気で行うのかと問い詰めますが、今までと同じで「結婚すれば高見沢もおとなしくなる」「自分も早苗の母親に充分やりこめられた」と割と無理な理由で反論します。
金田一は古館博士が早苗を可愛がっているのを解っているため、高見沢との結婚はブラフだろうがどうして反対されながらも無理矢理かつひねり出した理由でここまで結婚を拘るのか、それが不思議で恐怖でならないと不安を覚えます。待合の喫茶ミモザには早苗と達子と松野がいました。早苗は誰かを探しているようですが、金田一と古館博士だとわかるとしばし落胆します。また会話の中で高見沢の名前が出ると明らかに怯えてびくっとしていました。松野は週末古館博士の屋敷に滞在するらしいとのこと。
夜十一時頃になると達子がそろそろおあいそをしてくるとカウンターに向かいました。帰る古館博士らに対し、金田一は東京の警視庁に挨拶してくると彼女たちと別れタクシーで警視庁に向かいます。警視庁に入ると、顔見知りの刑事より「あの事件のことですか?」と言われて首を振ります。その刑事は「片瀬の事件(※伊沢の事件)の続きのようで報告が入り、等々力警部が現場に向かった、自分達も今から向かうが一緒にどうだ」と金田一を誘います。次の被害者の血祭りをあげた二本目の矢が見つかったとの報告です。
麻布の高級マンション紅陽館の上階の一室の名札には「神部大助」と書かれています。現場は神部の部屋でした。蒲団の上に仰向けの大の字で倒れるパジャマ姿の神部の心臓部に青い矢が深々と突き刺さっています。それとは別に神部の喉には親指らしき指痕が左右二つ、紫色にくっきりと残っていました。絞殺してから矢を刺したと考えますが実はそうではありませんでした。犯人は神部の咽頭を指で締めたがそれだけでは神部は殺せなかったようで矢で突かれた時も神部はまだ生きていました。そのため咽頭を強く押して気絶させてから事に及んだと鑑識の推察は一致しています。死亡推定時刻は夜十時頃で第一発見者は神部の情婦の一人、田口京子です。
京子の話に寄れば、神部のマンションの明かりが付いているけど、呼んでも返事が無い。ドアノブを回せば空いていたので中に入り奥の部屋で毛布が掛かって大の字の神部を見つけ、何かの悪ふざけだと考え彼の名前を呼びながら、ゆすりました。神部の身体は生暖かく体温もあったので、神部が殺されて入れ違いに京子が入ってきたのです。京子は自分が来るまで誰ともすれ違わなかったようなので、犯人は京子が神部に気を取られている間に神部のマンションから外に出た可能性があります。京子は神部が狸寝入りを決め込んでいると思い、毛布をひっぺがえすと矢がささった神部を発見したのでした。なお神部は夜鷹寄りの人間で、十二時前に寝たことは殆どないと京子が話しました。
喉の指痕から犯人はオネスト・ジョンではないかと一部の刑事が推測します。そこで金田一は刑事に掛け合い、屈強な刑事を2~3人貸してほしいと話します。オネスト・ジョンに会いに行き事情を話すも、彼が抵抗する可能性があるのでそのボディガードのためです。なお金田一はオネスト・ジョンが犯人では無い、無実の人間だと思っています。そんなオネスト・ジョンはキャバレー「焔」にいると話すと灯台下暗しだと刑事は落胆しました。
警察を連れて焔にやってきた金田一。もちろんマネージャーは驚きを隠せず手揉みしながら近寄ってきます。対して大声を上げて裏切り者めと金田一を罵詈雑言するのは朱美。少しでも彼を信じた自分が馬鹿だったと怒り狂う朱美を説得するように、金田一は神部が殺された事件を大声で説明します。この事件は伊沢の事件と繋がっていて夜十時ぐらいの死亡推定時刻、オネスト・ジョンがその時刻にここにいると証明出来れば彼は完全に無実だと証明される。二つの事件は連続殺人犯なのは決定的なので。金田一に促されて等々力警部も大声で関係と説得に入ります。すると一人の黒人楽士が名乗り出て、自分は夜六時からずっとここで演奏していた、少しだけ休憩を取ったけどそれ以外はずっとココだったと話します。彼がオネスト・ジョンである事に他の楽士は吃驚しましたが、リーダーらしき楽士が彼がオネスト・ジョンだと初めて知ったが、それでも彼はずっとここのステージにいたと無実を証明します。朱美は感謝の余り金田一の側で泣き崩れました。
三田村文代の秘密
早苗は、自殺した三田村文代の追悼公演で大役を踊ります。その役は元々文代が踊る役で彼女ととても仲が良かった早苗が踊るのです。松野バレエ教室にやってきた金田一を見て、松野はピアノをストップし一旦休憩とバレリーナ達に伝えます。応接間でお茶でも案内すると部屋を出るとき、恵子と滝子が関係者だからと話を聞きたいと熱望すれば松野は頷きます。
応接間では恵子達が探偵さながらに犯人宛のアリバイ探し案を話し、ディベートを開始します。オネスト・ジョンはほぼ完全に不幸な偶然が重なった顛末であり、彼が動いた時刻と犯行推定時刻はずれていました。神部殺しのときにアリバイがあった男性は古館博士と加納、そして高見沢にもありました。滝子も恵子も高見沢犯人説を唱えており、彼がほぼ毎日のように早苗に会いに来ていることを暴露します。
金田一が松野に会いに来た理由は自殺した三田村文代について。松野は遺書もないし、彼女を含めた三人が彼らに暴行を加えられているし、と少々濁しますが恵子たちが「文代が死ぬ前に先生に打ち明けた話を話してもいいんじゃないのか」と松野に話します。そこまで言われて松野は折れ、この教室の体裁もあるからと銘打った上で文代が服毒自殺する直前、彼女は非常に嬉しそうな表情でした。そのため松野が根掘り葉掘りとあれこれやると、誰にも言わないでほしいと打ち明けたうえで、とある男性と結婚が決まったと話したのです。松野は文代の相手を注意深く探りますが全くその気配はありません。結婚が決まったと話す文代の無垢な笑顔が忘れられないだけに松野も文代の自殺は内心納得いってませんでいたが遺書もなく当面は過失致死だと考えていました。月日が経過するにつれて文代の自殺は本当なのか松野も怪しみます。文代の性格上睡眠薬の容量ミスはあり得ず、またあの笑顔が心に残っている松野はもしかしたら結婚前に誰かに純潔を奪われたショックで……と考えました。しかし通夜でそれらしき男性は訪れませんでした。文代の求婚者は不明ですが、金田一や松野達も彼女の純潔を奪った相手はおおよそ見当が付いている模様。高見沢、神部、伊沢の誰かに違いないと。
応接間に早苗に会いに来た高見沢がやってきます。金田一は高見沢が神部殺しのアリバイを聞きますが、高見沢のアリバイは成立していました。夕方、神部に会った後彼はそのまま父親と早苗との婚約の報告とディナーをしました。高見沢の父親は大いに賛成しています。昨日から古館博士が倒れてしまったので車で早苗を送ってこようかと高見沢は良い旦那の顔をしていました。早苗の公演ポスターには文代の写真も写っており、金田一は文代が古館博士の亡妻・操氏に似ていると思い、ひょっとしたら文代に求婚したのは古館博士ではなかったのかと考えたのです。
三人目の被害者:赤い矢
三田村文代追悼公演のバレエは大成功を収めます。もともと文代は将来を期待されていたバレリーナで、不慮の事故で亡くなってしまったこと、その後を継いだのが彼女の親友の古館早苗ということで注目度は抜群です。その横で早苗との縁談がまとまりすっかり上機嫌で亭主気取りの高見沢はタキシードを着て楽屋を訪れ、松野達に花束を渡します。古館博士を「おやじ」と呼びながら、松野と話し、早苗がいる楽屋に向かいます。その際に高見沢は松野に、「(古館博士からの)今後とも早苗を頼みます」と言付けを伝えます。その言葉に松野は深く動揺し汗が溢れています。明らかに様子がおかしい松野を心配する団員ですが、松野は目頭から落ちる涙を拭い、団員を鼓舞します。着替え中の早苗は高見沢を拒絶し、彼を部屋から追い出そうとしますが上機嫌の高見沢は聞く耳を持ちません。もうすぐ出番だから出て行ってくれと再三お願いしますが出て行かず、着替え手伝いの少女が何かを取りに出て行ったとき、早苗の腕を引っ張ってキスをしようとするくらいです。高見沢空気読め。まじで空気読め。お前のせいで公演遅れたら責任取れるのかこのすっとこどっこい。入れ替わりに入ってきた達子が声をかけたことで高見沢は早苗の身体を離します。高見沢も達子は苦手なようで部屋を出て行きます。早苗は達子にしがみつきながら、もうどこにもいかないでずっと側にいてと達子に願えば、達子は私は貴方の側にいます、舞台の袖からみさせてもらいますと優しくあやすのでした。
二階のボックスに戻ってきた高見沢は、古館博士の横に座りオペラグラスで階下の知り合いを探していました。加納を見つけると古館博士がオペラグラスを借りて加納を見つます。加納は自分が見られていると知ると手を振りました。金田一も招待しているはずだと古館博士がいえば、高見沢は「本当にあの人名探偵なんですか?」と日本中の警察を敵に回す問題発言。新聞読んでないのか?彼曰く、金田一はふらふらと歩いているばかりでちっとも事件解決しない、自分はあの人を買っていないといえば、古館博士は証拠を集めている最中だろうし、別に彼は君に買ってもらおうと思っていないんだよと本音に近い言葉を返します。
早苗の公演は大成功し、彼女はバレリーナとして確固たる地位と名誉を得たといってもいいでしょう。娘が大成功をおさめた瞬間を拝めた古館博士は男泣き。高見沢が泣きすぎですよと呆れるので古館博士は締まりが悪いから後ろのほうで見るからお前はここにいろと高見沢に言って席を立ちます。席を立ち高見沢の席の立って袖から絹紐を取り出した古館博士の顔は憎悪に満ちた悪鬼の顔。高見沢の首元に調節した紐をあてて視線を送ります。気がつかない高見沢は背もたれに背を置き、舞台に向けて拍手を送っています。
フィナーレの幕が下りたその瞬間。舞台の袖から黒いベールを頭から被った、まるで死神のような姿をした何者かが登場。てっきり舞台のワンシーンかと思った高見沢でしたがバレリーナたちにどよめきが走り声も聞こえるので思わず前のめりになった瞬間、死神は弓を構えて高見沢に矢を打ち、彼は倒れました。彼の胸元に刺さった矢は赤い矢でした。後ろにいた古館博士はその死神の正体が一瞬でわかったらしく「ママ……ママ!」と悲愴な声を上げます。同時に、金田一がその絹紐を私にください。持っていると面倒なことになるからと自分の袂にたぐり寄せました。舞台では死神が毒をあおったのかそのまま崩れ落ちて倒れていました。
この後は金田一による事件の真相が語られます
「死神の矢」のネタバレ
今回死神の矢は真相が2つあるのが特徴です。あと金田一耕助シリーズに多い殺害ケースでもあります。
「死神の矢」の犯人
高見沢康雄・神部大助・伊沢透を殺した犯人は佐伯達子、そしてもう一人の犯人は古館博士です。達子は三人を殺したのは自分で、全てがやったと遺書を残して自殺しました。なお最初の伊沢殺害の事件で犯人が外から狙ったように見せかける工作は松野田鶴子が行っています。二人目の神部殺害事件では夜七時に神部は古館博士に絞殺されますが(そのまま博士は講演に)、直後に達子が神部の部屋に侵入して人工呼吸を行い神部の息を吹き返して古館博士のアリバイが完璧な夜10時ぐらいに殺害します。この3時間、達子はずっと拘束した神部の側にいて見張っていたのです。
達子の葬儀には様々な人間が訪れ(あの三人を嫌悪していた人物も多かった為)、特にオネスト・ジョンと朱美が来ていたことは古館博士と金田一には驚きでした。古館博士は容疑者にしてしまった謝罪をし、二人がバーをやりたいから働いていると話したことで、その資金を一部負担しようと提案しました。
達子の葬儀後に古館博士は倒れましたが次第に回復していきます。七日祭りを終えた早苗と加納、松野は金田一より事件の真相を聞かされた後、ある手紙を渡されました。それは文代の遺書でした。これを読んだ古館博士は全員殺そうと考えます。当初は古館博士の奇行に思われた婿選びは、古館博士と文代の関係を知っている人間ならば、古館博士が復讐するために選んだのだろうと理解できてしまいます。したがって達子は先手先手で古館博士が行動する前に自分の手を汚して候補者を殺害していきました。
「死神の矢」の犯人の動機
古館博士が結婚相手に選んだ愛する三田村文代が自殺した原因であり、加害者候補の高見沢康雄・神部大助・伊沢透を絶対に許せなかったため。家族がいない達子も同じ境遇の文代を自分の娘のように可愛がっており、憎しみはひとしお。古館博士から文代への愛は年齢差もあり家族愛だと思っていた人も多かったが、古館博士の愛と肉欲を持った深い愛情。誰にも相談できないジレンマを抱え苦しむ古館博士、しかしその気持ちを見抜いたのが達子でした。
達子を通じて古館博士から文代にプロポーズ。数日待っていてほしいと言う文代だが答えは決まっていた。そして彼女の自殺と遺書。遺書には辱めた相手は早苗の求婚者の誰かとしか書かれていなかった為、古館博士は三人とも殺してまおうと考えたのです。ただ早苗にはつらい思いをさせ加納は自分から離れていくかもしれない、それらに対しては本当に住まないと謝罪していました。
そして古館博士は達子の葬式が終了後に自殺を考えていたのですが、それは金田一と松野が必死に止めました。
コラム:使い回し名字のまとめ
今回の主要人物の「古館博士」の名字は「古館(ふるだて)」。こちらは先生のお気に入りなのかはてまた名字を考えるのが面倒くさいのか別の作品にも登場しています。しかもどれも重要な役の名字。そして助手の加納三郎も何度か見かける名前なので、珍しい名字と名前に限定してまとめました。
名字①:古館
名前 | 登場作品 |
---|---|
古館弁護士 | 犬神家の一族 |
古館博士 | 死神の矢 |
古館一族(種人) | 迷路荘の惨劇 |
名字②:加納
名前 | 登場作品 |
---|---|
加納三郎 | 死神の矢 |
加納美奈子 | 迷宮の扉 |
加納辰哉 | 鏡ヶ浦の殺人 |
加納史郎 | 廃園の鬼 |
加納刑事 | 病院坂の首縊りの家 |
加納辰五郎 | 女王蜂 |
名字③:一柳
名前 | 登場作品 |
---|---|
一柳一族(※賢蔵) | 本陣殺人事件 |
一柳悦子・芙沙子・民子 | 鏡ヶ浦の殺人 |
名前①:田鶴子
名前 | 登場作品 |
---|---|
松野田鶴子 | 死神の矢 |
日下田鶴子 | 吸血蛾 |
八木田鶴子 | 支那扇の女 |
村松田鶴子 | 蜃気楼島の情熱 |
本多田鶴子 | 夢の中の女 |
山本田鶴子 | 洞の中の女 |
名前②:タマキ
名前 | 登場作品 |
---|---|
宮本タマキ | 白と黒 |
江崎タマキ | 扉の影の女 |
関口たまき | 悪魔の降臨祭 |
堀口タマキ | 猟奇の始末書 |
死神の矢のまとめ
二転三転する展開に、意外な犯人とその動機。どれも面白い作品なので是非とも読んでみてください。でもさすがにあれだけのことをしておいて本人に謝罪しないのはどうかなーーーと思ってしまいました。昭和だからかなあ。
今回の画像はこちらのサイトより検索しました
- Stefano FerrarioによるPixabayからの画像
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